「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第12回
12.「不退転平井の気になる水族館探訪!」
そこは大きな山の斜面。急な傾斜なんてなんのその、寺柄山のてっぺんに姫路市立水族館はありました。姫路駅から車で10分くらい。そんな都市の中心にありながらも多くの自然に囲まれた水族館。自分の中で暴れ出しそうなワクワクサウルスを必死で宥めながら、僕はたった一人でその水族館へと挑んだのです。孤独であることは僕に不退転の覚悟をさせました。今回は、ただの水族館好きが気になっていた水族館をただ見に行ったというだけのお話です!
アニメーション風の二頭身平井がぽこぽこ歩いてきて、手に持っていたタイトル看板を頭上に掲げる。タイトルどん! 「不退転平井の気になる水族館探訪!」
荘厳なミュージックどん! ジュラシックパークのテーマをもうそのままかけちゃいましょうか。そしてメインタイトルの下には波線に囲まれたサブタイトルにょろにょろ「〜1回入ったらもう出てきません〜」
そんな誰が興味あるんだというありもしない旅番組の冒頭を夢想しながら、僕は姫路市立水族館へとやってきました。とある番組で「この水族館が凄い!」と評されていたので、前々から気になっていました。冒頭に記したように、山の斜面に沿って作られているという面白い立地。ですので、入り口はエレベーターで上へ登ったところにありました。展示飼育されている水槽を上から下へ降っていくように見させていただく流れとなっています。
そこまで規模が大きい水族館ではないのですが、展示方法がとても面白いのです。この水族館には有名な水槽があります。それは渓流の水槽です。この水槽は時間によって、移り行く水位の高低差を見事に再現しておられます。渓流の魚たちは水位が下がっていくと上流へ上がっていく習性があるそうです。そのため、この水槽では水位が低くなるに従い、下流にいた魚たちが上流へジャンプする様を観察することができるのです。30分ぐらいそこに鎮座しまして、ジャンピンする魚たちを眺め回していました。魚たちの生命溢るる躍動を見ることは、こんなにも飽きないことなのか。
余談ですが、そのジャンプして上流へ行く魚の動画をSNSで投稿すると、何故だか多くの海外の方から反応がありました。ということはこの水槽は世界的にも珍しいのではないでしょうか。
そして、カブトガニを下から見られたり、クロシタナシウミウシがちろちろとうごめいていたり、ニホンウナギが揺蕩っていたり、キビナゴが砂の中で寝ていたり、珍しい真っ白ナマコがいたり、ウミガメたちのご飯タイムを見たり、それはそれは充実した水族館タイムを楽しみました。
あと、個人的に興味をそそられたのは、多くの標本群です。ホルマリン漬けの生体標本や美しい骨格標本には目を奪われました。中でもタコブネが素敵でした。タコブネはメスのみが卵を保護するために貝を作る珍しいタコです。その貝が神々しく美しく展示されていました。こんなにまじまじと骨格標本を見させていただいたわけですから、倫理が許すのであれば、僕もいつかお返しに綺麗な骨格標本になりたいと思います。自分で言うのもなんですが、いい感じの頭蓋骨をしていると思います。
こんなヘンテコな願いが噴出する程に、この水族館にアテられました。まさしく「この水族館が凄い!」でした。
この斜面なる水族館から出た後、もう一つ行きたいところがありました。(サブタイトルは撤回です)それはこの水族館から徒歩で10分くらいのところにある手柄山温室植物園です。植物園にあまり行ったことがなくて、さらには植物にも興味が湧いていたお年頃だったのでナイスタイミングでありました。
この植物園も「この植物園が凄い!」と称されているであろう素晴らしい植物園でした。中に入るとそこは別世界、世界中の植物たちがひと所へ大集合です。そこにはなかなかに一癖も二癖もある植物たち、なんだこの形、なんだこの香り、え? これ花なの? ぎゃ、食虫植物だ、ハエトリグサってこんなに小さいの? 中でもサボテンたちの和名がカッコ良すぎて笑ってしまいました。
鬼切丸、乱れ雪、神龍玉、宇宙殿、砂漠丸、黒槍丸などなど。伝説の武具のようなネーミング。僕が個人的に好きだったのは魔界キリンでした。魔界て。驚きネーミングです。しかしながら、もしかすると、このサボテンは実際に誰かが魔界から採取してきたのかもしれませんね。
そんな驚きばかりの植物園にいると、いつの間にか僕の脳内に驚きという名の樹木、驚木が根を生やしていました。その脳内の驚木は僕の体を栄養分にし、ぐんぐんと成長していきます。そしてついには僕の体を全て飲み込み、巨大樹木へと成長しました。
こうして樹木をやっていますと、人間の頃には感じなかった発見がたくさんありました。雨が降ると雨粒が葉をタタンタタンと叩きます。風が吹くと葉をそよそよと揺らしたり、葉同士をざよざよと擦りつけあったり、それはまるでリズムのようでした。枝に小鳥たちがやってきてピチチピチチと旋律を奏でてくれます。そこに大きな太陽がエネルギーたっぷりの光を与えてくれます。樹木内が暖かくなり、生命力が溢れてきます。それはまるで自分の中から湧き出る歌詞でした。これは歌でした。樹木として生きることの歌でした。
それは誰にも届かないのかもしれない。そもそも誰かに届けるつもりのない歌です。我々、樹木は歌を歌うことが当然なのです。生きている人間が当然、呼吸をするように。
気の遠くなるような長い時間、僕は歌を歌いました。同じ曲は一つとしてない、何千曲、何万曲、数えるのがバカらしくなるくらいの曲数です。そしてまた一つの歌を歌い終わった時、ついにその瞬間が訪れました。
葉っぱはすっかり抜け落ち、樹皮はめくれ、穴だらけ、枝も弱々しいくらいに細くなっていましたから、その覚悟はしていました。
根本がメキメキミシミシと不穏な音を鳴らし、ゆっくりと大地へと倒れてしまいました。そこには苦痛などなく、むしろ心地の良い安堵感に包まれています。ゆっくりと視界が狭くなっていきます(視界というものがあったのならば)。
優しい闇が完全に思考を覆い隠す寸前に、僕の知らない歌を聞いた気がしました。
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突然、視界が開かれました。目の前には朽ちた老木が横になっています。僕がいるところはその老木の切り株の上、新しい芽でした。横たわった樹木はとても安らかに眠っているように思えました。僕は初めて、誰かのために、この老木のために、歌を歌ってみようと思いました。
平井まさあき[男性ブランコ]
1987年生まれ。兵庫県豊岡市出身。芸人。吉本興業所属。大阪NSC33期。2011年に浦井のりひろと「男性ブランコ」結成。2013年、第14回新人お笑い尼崎大賞受賞。2021年、キングオブコント準優勝。M-1グランプリ2022ファイナリスト。第8回上方漫才協会大賞特別賞受賞。趣味は水族館巡り、動物園巡り、博物館巡り。