「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第10回

「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第10回
唯一無二の世界観で今大注目のお笑いコンビ〝男性ブランコ〟。そのネタを作る平井まさあきさんの脳内は一体……? たっぷりの妄想をふりかけた、おいしいおいしい平井さんの日常をお楽しみください!

10.「頭の中の水族館」

 いつも利用させてもらっている稽古場の受付にいると、ふと横に水槽があることに気付いた。水槽の中には小さな色鮮やかな小魚たちが藻の周りをゆらゆら漂ったり、藻の後ろに隠れたり、藻に擬態しようと藻の動きを真似たりしていた。僕も同じように藻に対して何かできないかと考えるが、僕ができることは何もなさそうで、それが残念で残念で、僕はただしんみりすることしかできなかった。側から見ると、それはまるで喪に服しているようだったでしょう。そう、藻に……。そんな誰がどう考えてもお金が発生しない妄想に身を委ねていました。そう、藻う想に……。その時
 

 ああ、水族館行きたいなあ。

 
 しっかり我が口から放出されていたようで、受付の方は「え?」を顔に貼り付けた「え?」マン参上状態となっていました。僕は焦る内なる自分を存分に宥め上げ、顔に「何も言ってませんけど」を貼り付けた「何も言ってませんけど」マン参上状態にしました。ただただ気まずい空気だけが流れました。よかった、気まずい空気が流れただけだ。気まずい空気以外の空気が流れたらどうしようかと思っていましたが、気まずい空気が流れただけでよかったです。もちろん気まずい空気が流れなければ、それに越したことはなかったのですが。

 とにもかくにも、最近水族館に行ってない日々だと気付かされました。何を隠そう僕は水族館が好きです。開館から閉館までただいることだって、へいちゃらです。僕はへっちゃらをへいちゃらというタイプです。

 それが全く水族館に行けていない。あのワクワクしながらも心穏やかなる空間に身を置けていない。最近何かが足りていないと思ったのは水族館が足りていなかったのです。

 しかしながら、なかなか腰を据えて水族館と向き合えるチャンスがあまりなかったのです。きっと水族館の方だって寂しがっているに違いない。僕がこんなに想っているのだから絶対、水族館の方もそう想ってくれているはず。そうだよね。絶対そう。水族館からのそんな想いも空しく、今の所、そのラブコールに応えられる予定がありません。ごめんよ水族館。

 いや待てよ、行けるじゃないか。行ける方法があるじゃないか。行けるよ水族館。ちょいくら待ってておくれ。すぐそっちに行くからね。

 そう考え、僕はその眼を閉じました。僕はちょっくらをちょいくらというタイプです。僕は目(め)を眼(まなこ)というタイプです。

 さあ、来ましたよ。水族館。ポケットにはどこで買ったか、ナポレオンフィッシュの写真が印刷されている入場券があります。それをギュッと握り締め、水族館の入り口に来ました。その入り口の周りには巨大なダイオウイカが象られ、その太くて長い10本の足はのれんのように垂れています。僕は「ほう」と感心の息を漏らします。そのゲソのれんをくぐると、そこには真っ暗な世界が広がっています。僕は手探り足探りで前へ進みます。すると目の端を光るものが横切りました。それを皮切りにたくさんの蛍光色の点が過ぎ去っていく。それはまるで流星群のよう。僕は「ほう」と感心の息を漏らします。それらの光の点たちはヒカリキンメダイの群れだったようです。ヒカリキンメダイは深海魚で、目の下に発光器があり、それらを点滅させることで仲間とコミュニケーションをとっているのではないかと考えられています。僕は君たちの仲間だから、何を伝えたいかわかるよ。ありがとう、お邪魔するよ、ようこそって言ってくれてるんだね。

 そんなたくさんのヒカリキンメダイのようこそ乱射を受け、前へ進みます。いきなり深海魚がお出迎えとはなんて素敵な水族館なのでしょう。おや、奥に眩しい光が見えます。あれは水族館の中の照明の灯り。そこまでのストロークで、目は光に慣れ、その光の正体を掴むところまでやってきました。

 目の前には巨大な水槽が厳かに在りました。それはもう巨大な水槽。縦横奥、それぞれ30mほどはあるでしょうか。巨大なキューブ型の水槽です。その中には何千というカタクチイワシの群れが玉のように集まり、一つの巨大な生き物の様相を呈しています。ブワッと、その玉が弾けると、奥から、ジンベエザメの親子が登場しました。もちろん彼らの体にはぴたりとコバンザメたちがくっついています。親ジンベエには大きなコバンザメ、子ジンベエには小さなコバンザメ。そして目をキューブ水槽の水底に移すと、色とりどりの珊瑚礁があります。そこに小さな魚たちが集まり、ウツボが数匹、ニョキニョキと顔を出して口をゆっくり開け閉めしています。
 

 わっ。

 
 びっくりした。今、目の前をトビエイの仲間が己の体の裏側を見せつけるように下から急に現れました。エイの裏側は鼻孔と口の位置で人の顔のように見えて、面白いですよね。ちなみにでもないのですが、エイとサメには生物学的な違いがあまりないらしく、強いていうなら、エラの位置がエイは裏側にあり、サメは側面についているところが大きな違いだそうです。

 お、なんだ、あの魚たち、海面の方へぐんぐん泳ぎ進めているぞ。

 あの魚は! しかもこのスピードを出すということは! もしや!

 シュパパパパーっと海面を飛び出したのはトビウオたちです。トビウオは空中滑空時、時速50〜70kmのスピードで100〜300mは飛ぶことができるそうです。そんな距離を飛んだら水槽の外に出てしまう。

 僕はトビウオたちを追いかけます。僕もこう見えて、ケンタウロス的な感じで、下半身チーターなので、走り出しから3秒で時速96kmに達することができます。追いかけます。チータタタタタタタタタタタタ! 走ります。
 

 これは。

 
 トビウオたちはその大きな羽のような鰭を折りたたみ、水面にシュパンと着水していきます。どういうことか。簡単な話。トビウオたちが飛び立ったキューブ型水槽のその横にもう一つキューブ型水槽があったのです。いや、それだけではない。その巨大なキューブ型水槽が何個も何個もずらりと並んでいたのです。どこまで広いんだ、ここは。地平線の先の先まで、ぎっしりキューブ型水槽が綺麗に並んでいたのです。僕はそれらを空で確認して身震いしました。ちなみに僕は背中にフルーツオオコウモリの翼を縫い付けているので空も飛べます。

 こんなの、こんなの細かい仕切りのある海じゃないか。京都の高級な色んな種類のおばんざいが食べられる弁当のようじゃないか。なんでこんな仕切りなんか。

 もしかしてそれぞれのキューブ水槽の中ではそこにしか生まれない生態系があるのでは? その生態系を数多く作ることで、最も強靭な生態系の形を探しているのではないか。ということは、ここはただの楽しい水族館ではなく、誰かの実験場……??
 

 

「何に気づいたの?」

 

 
 その言葉と共に、一瞬、魚の帽子を被った気の良さそうな男の笑顔を見た気がしました。僕はこじ開けるように目を開けました。寝ていたのではもちろんありません。ずっと、こうだったらいいな、ああだったらいいなと自分の頭の中にある水族館に行っていたからです。

 しかしながら、僕は最終的に頭の中のどこに行っていたのでしょうか。そして、あの時一瞬見た男は一体誰だったのでしょうか。
 

 きっと

 いや、絶対

 
 さかなクンさんです。誰にでも頭の中に、あの好奇心の権化であるさかなクンさんがいるはずです。僕はその好奇心の大元に触れたのかもしれません。

 あの時、僕が目をこじ開けなければ、もっと自分の好奇心の根源と話すことができたのかもしれません。そういえば笑っていたような気がするし。

 また頭の中の水族館に行ってみようと思います。

 ちなみに僕はさかなクンを大尊敬していますので、さかなクンさんと呼称させていただいております。


平井まさあきさん

平井まさあき[男性ブランコ]
1987年生まれ。兵庫県豊岡市出身。芸人。吉本興業所属。大阪NSC33期。2011年に浦井のりひろと「男性ブランコ」結成。2013年、第14回新人お笑い尼崎大賞受賞。2021年、キングオブコント準優勝。M-1グランプリ2022ファイナリスト。第8回上方漫才協会大賞特別賞受賞。趣味は水族館巡り、動物園巡り、博物館巡り。


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