鈴峯紅也『戦国剣銃伝』
20年の時を経て
長い話を書き終えた後でした。
「次は何を書く? 判型は四六でもノベルスでも文庫でも、なんでもいいよ」
当時の担当編集者にそんなことを言われたのはもう、20年は前になるでしょうか。もちろん四六で、と今より20歳以上若い私は即答したことを思い出します。
けれど、私はいちいちそんな判型のことを考えながら原稿を書いたことは一度もありませんでした。即答はしたものの、その後で担当の言葉を吟味しつつ煩悶します。
四六の小説とノベルス、文庫の小説で何を変えなければいけないのか。そもそも、何が違うのか。それ以前に、小説って何。
迷った私はよせばいいのに、一人で初めての取材旅行なんてものにまで出掛けたりして──。
それはそれで楽しくもあり、珍道中にもなりましたが、結果として書き上げた原稿は、めでたく〈ボツ〉になりました。後にも先にも、これ1作しかない〈ボツ〉です。
何がいけなかったのか。
それ以前に、小説って何。
原稿の舞台を時代物から現代物に移してからも、私は暇を見つけてはこの原稿に、つまり〈私の煩悶〉に向き合ってきました。
無駄を削ぎ、手を加え、この原稿にかつての原型すらあるのかどうか、今となってはもうそれさえ判然とはしません。
足かけ、20年を費やしました。
だから完成した、なんていう驕りを宣言するつもりは毛頭ありません。
ただ、長い年月を経て、気付いたことはあります。
無駄を削ぎ、手を加え、かつての原型すら判然としない原稿の中で、最初から何も変わることなく、大地に向き合い、大地に鍬を振るい続ける男の一徹の、なんと清々しいことか。
──農の根本は祈りだ。
この物語の主人公・栗林孫四郎は言います。
それだけでいいのだと、ふと思い至ったとき、この物語に光が当たった気がします。
小説の根本も、祈りです。
願わくは、読者の手に届きますよう。
願わくは孫四郎の人生が、読者の心に響きますよう。
最初からそれだけでよかったのだと、孫四郎なら言ってくれる気がします。
鈴峯紅也(すずみね・こうや)
1964年、千葉県生まれ。ライター歴20年の後、2015年12月、デビュー作『警視庁公安J』で一躍有名作家に。シリーズ作「警視庁組対特捜K」「警視庁監察官Q」「警視庁浅草東署Strio」が人気を博す。長編の歴史小説に、『海商』がある。
【好評発売中】
『戦国剣銃伝』
著/鈴峯紅也