週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.170 ブックファースト練馬店 林 香公子さん
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今回ご紹介したいのはルシア・ベルリンの『楽園の夕べ』。ルシア・ベルリンは1936年アラスカ生まれ。第二次世界大戦中はテキサス州のお母さんの実家でアルコール依存症の歯科医の祖父・母・叔父の中で幼少期を過ごします。戦後は鉱山技師だったお父さんの仕事の都合で北米やチリなど様々な場所への引っ越しが続く人生。チリでは召使いつきのお屋敷暮らしも経験しています。大学生の時に最初の結婚。オノ・ヨーコの3歳年下である彼女は1960年前後(オノ・ヨーコが前衛芸術家としてニューヨークに拠点をもうけた頃)というビートからヒッピーへと大きく社会が変わる気配の中で3度の離婚と4人の子を出産後、24歳の時にアルコール依存症を抱えたシングルマザーとして小説を書き始めました。2004年に68歳で亡くなるまでに76編の私小説的な短編を残しています。生前はアメリカ国内で一部の熱烈なファンがいる作家という位置付けだったのですが、没後10年の時に出版された作品集がベストセラーに。日本では5年前に『掃除婦のための手引き書』のタイトルで翻訳され話題となり、文庫が出た現在に至るまでロングセラーとなっています。
ルシア・ベルリンの作品は実生活をフィクションの言葉に変容させたものです。チリのクラスメートの女学生の嫌な感じ、子供時代に経験した洪水と火事の日の光、といったアルバムの写真には写らない記憶を小説にしてとどめてくれる。昔見た映画のワンシーン、漫画の1コマ、小説の1行、それが何だったのかはすっかり忘れてしまっているのだけど鮮やかに浮かぶシーンみたいな短編小説たち。また、描写だけでなく、フィクションとして編集を経た登場人物たちも魅力的。繰り返し出てくるアルコール依存症の親族や出て行った男たち。20世紀、価値観が大きく変わっていった中生活していた人の姿は遠い異国の話でありながら、読むこちらの身近な人たちが同じ時代の中を生きて変わってきたんだな、と実感させてくれるものでもあります。
1冊目の『掃除婦のための手引き書』をお読みになった方はもちろん、9月に文庫版が刊行された『すべての月、すべての年』とあわせて3冊ともぜひ手にとっていただきたい作家です。
あわせて読みたい本
ルシア・ベルリンと同世代の作家といえば、シルヴィア・プラス。ルシア・ベルリンより4歳年上の彼女は8歳で書いた詩が新聞に掲載され、天才詩人として活躍するも精神の安定を得ることがなく1963年に自ら命を絶った作家です。そんな彼女の自伝的とも言われる唯一の長編作品『ベル・ジャー』。冷戦下の西側、抑圧の気配の中でどうにか自分を保とうとする若い女性のきらめきは今も多くの人に影響を与えている伝説の書。日本では1974年と2004年そして2024年の今年!と数十年置きに新訳での刊行がされています。入手できるこのときにぜひご購入くださいませ。
おすすめの小学館文庫
小学館文庫の新しいアメリカの小説といえば5月に刊行されたこちら。映画「ボヘミアン・ラプソディ」や「ウィンストン・チャーチル」などの映画脚本を手がけ、オスカー候補にもなっている著者による21世紀のスリラー小説。巨大IT企業とCIAが開発した監視システムから逃げ切れるかの実証実験に参加する10人。賞金の300万ドルを手にするのは図書館司書の女?といったジェットコースタームービーもかくやといった内容。テクノロジーによる超監視社会はフィクションではありますが、それすら現実かもと思わされてしまうアメリカの今をぜひご堪能ください。
林 香公子(はやし・かくこ)
どちらかといえば読書家。