辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第47回「悪い子はいねがー」

辻堂ホームズ子育て事件簿
3歳の息子の怖いもの。
ゴリラ、お巡りさん、
そして……?

 2025年1月×日

 ゴリラ。お巡りさん。

 この2つに共通するものがお分かりだろうか。これまでの連載をお読みくださった方はピンとくるかもしれない。そう、「息子の怖いもの」である。暗い廊下にゴリラが潜んでいるかもしれない。悪いことをするとお巡りさんに連れていかれるかもしれない。こちらがそう教えたわけでもないのに、3歳息子は実に想像力たくましく、襲いくる敵を警戒しながら日々を生きている。

 最近、敵のラインナップに新たな3人目のキャラクターが加わった。

 ヒントは年末。大晦日。秋田県中部。男鹿半島。怠け者はいねがー。泣く子はいねがー。悪い子はいねがー。

 ……なまはげだ。

 お化けでも怪獣でもエイリアンでもなく、他の何より、なまはげを怖がっている。

 実物を見たことはない(私もない)。秋田県に親戚や友人はいない。家族旅行で東北に出かけたこともない。年末のニュース番組で偶然目にしたのがきっかけ、というわけでもない。

 だったらなぜ、という話なのだけれど。

 去る11月のことだった。

 このごろ4歳長女が都道府県の概念にうっすら気づき始めたようなので、まだ早いとは思いつつ、お風呂の壁に貼れる日本地図を買ってみた。小学生用だけれど、漢字にはふりがなが振ってあるみたいだし、長い目で見ればどこかで使えるタイミングがくるかな、くらいの気軽さで。

 幸いにも、長女も息子も俄然、興味を示してくれた。「おうちがあるのが神奈川県だよー」「パパやママがお仕事で行く東京や埼玉はここだよー」「じーじとばーばのおうちは千葉県だよー、ほら、海の上を車で通ったの覚えてるでしょ?」「パパがこのあいだ肉まんを買ってきてくれたのが大阪でー」「叔父ちゃんが住んでるのは福岡県! 遠いねー」などと、ゆかりがある都道府県の場所と名前を教えていく。

 すると子どもたちが日本列島の周囲に点在しているイラストを指差し、「いちごはどこ?」「ぶどうは?」「おさかなは?」と矢継ぎ早に質問してきた。さすが子ども向けの日本地図、地名だけでなく、各都道府県の特産品や観光地まできちんと描かれているのだ。

 栃木県、山梨県、鰹は高知県──と答えていく。すると息子が、赤いお面に角、藁の着物に出刃包丁という異形の者のイラストに気がついた。赤鬼だと思ったらしく、「おに、こわい!」という。

「それは、なまはげだね」

「たたたげ?」(※上手く言えない)

「うん、なまはげはね、秋田県だよ」

 次に息子が「これは?」と指差したのは、そのすぐ上にあるねぶた祭りのイラストだった。青森県の「ねぶた」、つまり山車灯籠の絵なのだけれど、こちらにも鬼のような赤い顔の男性が描かれている。

「それはねぶた祭り。青森県」

「これは? くまさん?」

「あー、ヒグマだね。北海道」

「こわい!」

「大丈夫、ヒグマもなまはげも神奈川県にはいないから」


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『ダブルマザー』(幻冬舎)。

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