今月のイチオシ本【警察小説】

『トツ!』
麻生 幾

トツ!

幻冬舎

 この夏話題になったTVドラマに『MIU404』がある。MIUとは〝Mobile Investigative Unit〟の略称。すなわち犯罪事件の初動捜査に当たる警視庁機動捜査隊の活躍を描いたドラマだった。

 警察組織には他にもいろいろな略称があって、SATもそのひとつ。こちらはSpecial Assault Team の略称で、テロ事案に対処する特殊急襲部隊のことだ。本書は秘密のヴェールに包まれたそのSATの最前線で活動する制圧班、通称トツの姿を描いた長篇サスペンス。

 九月一〇日、東京・原宿駅周辺で銃の乱射事案発生。訓練中にキントツ(緊急突発事案)を知らされた南條渡警部補率いる制圧班は直ちに現場に赴き、代々木公園内の建物内で犯人二名を射殺するが、人質とおぼしき女性を助けられなかった。南城に「あなたが……そしして……ころされる……けいしさん……」という謎の言葉を残して逝ったその女性は、南城と家族ぐるみの付き合いがあった府中署の湯川明日香巡査長だった。南條は改めて衝撃を受けるとともに、娘と二人暮らしだった彼女が、何故休暇日に派手な服を着て事件現場にいたのか不審を抱く。

 やがて、明日香の住むマンションで幽霊騒ぎがあったこと、事件の直前に一人の女と揉めていたこと、ストーカー被害を受けていたこと、さらには売春疑惑がかけられていることなどがわかってくるが、謎は晴れない。南條は単独で明日香の身辺調査を始めるが、数日後には中国首脳の来日が迫っていた……。

 いつもの麻生作品なら、前半からSATにまつわる蘊蓄が盛り込まれるところだが、本書では控えめ。南條を軸にトツの活躍をドキュメンタリータッチで描いていくことで、自ずと秘密組織の細部が浮き彫りにされる仕組みだ。出だしから戦闘シーンが繰り広げられるが、トツは常に死の危険に迫られているだけに、皆タフで熱い奴らばかり。決断の遅い上層部に楯突くことも辞さない。今回はそうした何とも男臭いドラマが読みどころだ。むろん湯川明日香のダイイングメッセージの謎の解明劇もスリリングで、ページを繰る手が最後まで止まらない。

(文/香山二三郎)
〈「STORY BOX」2020年10月号掲載〉

中村淳彦『新型コロナと貧困女子』/「夜の街」で働く女性たちのリアルな声
【先取りベストセラーランキング】電力供給網の崩壊で浮き彫りになる、人間の恐ろしさと社会の正体 ブックレビューfromNY<第59回>