◎編集者コラム◎ 『たまもかる 万葉集歌解き譚』篠 綾子
◎編集者コラム◎
『たまもかる 万葉集歌解き譚』篠 綾子
万葉集は誰もが知っているけれど、約4,500首もあるという和歌については、教科書以外では読んだことのない人も多いのでは。本書は、『からころも 万葉集歌解き譚』に続いて、万葉集の世界を味わうことができる時代小説です。
日本橋の薬種問屋・伊勢屋の一人娘、油谷しづ子には、歌のお師匠さんがいました。その名は賀茂真淵。しづ子が小僧の助松と師匠の家を訪れると、昨晩泥棒に入られたところだったが、盗まれた物はなかったようでした。真淵が、しづ子と助松、武家の子息で弟子でもある加藤千蔭に打ち明けた話では、万葉集を狙ったのではというのです。三日前、将軍家重の弟である田安宗武にご進講した際、真淵は自分のではない他人の万葉集を持ち帰っていました。数日後、占い師の葛木多陽人としづ子、助松が真淵の家に行くと、再び泥棒が入って万葉集が盗まれていました。実は、多陽人は前もって真淵と相談し、賊の企みを考えてその万葉集を目につきやすい所に移していたのです。その万葉集巻三と巻十四には、ひらがなだけで書かれた歌が十二首交じっていて、加えて干支と漢数字だけが記された三行の不可解な符牒が残されていました。
後日、多陽人のもとに田沼意次という幕臣がやってきます。田沼が仕えている大岡主膳を占うと、何者かに呪詛されていることがわかります。さらには、助松の父大五郎が行方不明になってしまい……。
多陽人たちが、その万葉集に残されていた歌と符牒の謎を解き明かすと、幕府を揺るがす大きな陰謀が浮かんで来たのです。どうやら、田沼意次にも関わりがあるようで。そして、大五郎を攫った人物がここに絡んできます。
今回、江戸で流行りはじめている狂歌について、真淵は万葉集の歌を紹介します。
さし鍋に 湯沸かせ子ども 櫟津(いちひつ)の 檜橋より来む 狐に浴むさむ
この歌は、調理具と食器、狐の鳴き声、川と橋を詠み込んで歌を作るようにというお題にあわせて、作られたものでした。この歌は戯笑歌と呼ばれ、狂歌の源になっているそうです。
本書では、助松の先輩格として、加藤千蔭が登場。二人はいいコンビになりそうです。
著者の篠さんは、どの著作にも必ずと言っていいほど、和歌が登場します。万葉集のさまざまな世界を教えてくれる本書は、まさに篠さんにふさわしいテーマといえます。
──『たまもかる 万葉集歌解き譚』担当者より