山本甲士『ネコの手を借ります。』

山本甲士『ネコの手を借ります。』

うちのキジトラを異世界に送ってみました。


 その子ネコとの出会いは、2年と8か月ほど前の寒い時期だった。敷地内でネコが鳴く声が聞こえたので外に出てみると、子ネコが植え込みの裏で鳴いており、でかい図体の茶トラがその前に立ち塞がっていじめているようだった。私がその茶トラを追い払ったところ、子ネコは「この人は私の味方なのね」と思ったようで、それから毎日、勝手口にやって来てニャーと鳴いて「ごはんくだちゃい」アピールをするようになった。

 エサをやっているうちにやがて子ネコは勝手口から家の中に入って来るようになったため、奥さんと話し合って、避妊手術を受けさせて家ネコとして飼うこととなった。

 そのコはメスで、全身が淡いベージュで頭と尻尾の周辺だけうっすらと縞模様があり、青い瞳だった。トラ模様のパンツをはいているように見えなくもないということで、奥さんが『うる星やつら』のラムちゃんにちなんでラムと命名したのだが、ラムはその後全身に縞模様が現れ始め、半年もするとキジトラになった。

 キジトラは警戒心が強くて飼い主以外にはなつかない個体が多いそうで、ラムも訪問客がいると警戒してテレビの後ろや冷蔵庫の上に隠れるのが常だが、飼い主に対しては甘えん坊で寂しがり。私が部屋を移動するたびについて来るし、私が寝転んでいると胸の上に乗っかってきて「ブラシをかけてよ」「なでなでしてよ」と催促してくる。パソコンに向かって原稿を書いていると画面が見えないように邪魔をして、そんなことしてないで私と遊んでよ、という感じでニャーと鳴く。

 うちにはテリーという先住の老犬がいたのだが、ラムはソファーの上からテリーにネコパンチをお見舞いする遊びがお気に入りだった。夜中にラムがドッグフードの袋を破いて中身をテリーに食べさせたり、テリーが椅子の下から脱出できなくなってもがいていると、ラムが私たちに知らせに来たということもあった。その後テリーは17歳で旅立ったが、最後の時間はラムという友だちと結構楽しく過ごすことができたように思う。

 もの書きの職業病みたいなもので、私はラムにブラッシングなどをしているときに、もしこのコが他の誰かに保護されていたとしたら、どんなエピソードが生まれていただろうかと想像してみたりすることがある。そんな中で降りてきた話の一つが、もしもラムが長年引きこもりを続けていたアラサー男子に保護されたとしたら――というものだった。

 こうしてラムは、マリンと名前を変えて異世界に送り込まれ、拙著『ネコの手を借ります。』という物語が生まれたのでありました。具体的にどんな出来事が起きたのかは、実際に読んでご確認を。

  


山本甲士(やまもと・こうし)
1963年生まれ。主な著書に、ロングセラーとなっている「ひかりの魔女」シリーズや「迷犬マジック」シリーズ、冴えない中年男が逆転劇を見せる『ひなた弁当』『ひなたストア』『民宿ひなた屋』、平凡な人が騒動に巻き込まれる『かび』『とげ』『俺は駄目じゃない』『つめ』など多数。

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ネコの手を借ります。

『ネコの手を借ります。』
著/山本甲士

◎編集者コラム◎ 『私のジェームス・ディーン』谷川俊太郎
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