採れたて本!【デビュー#36】

坂本湾『BOXBOXBOXBOX』は第62回「文藝賞」受賞作。タイトルのとおり、無数の箱をめぐる小説だ。舞台は宅配便の荷物を仕分けする巨大な物流センター(作中では〝宅配所〟と呼ばれる)。アルバイト作業員の仕事は、ベルトコンベアに載せられてくるサイズも形もさまざまな箱から、自分の担当する番号のラベルがついた箱を見つけて担当レーンに流すこと。体力と気力を削り取られる過酷な労働だ。
前々回この欄で紹介した第16回「小説 野性時代 新人賞」受賞作、木野寿彦『降りる人』は、日がな一日、工場で単純作業を強いられる期間工が主人公だったが、創造性のない単純労働の現場という点では(社員と非正規労働者の対立が描かれる点でも)両社はよく似ている。こういう舞台装置こそが2025年の日本のリアルということかもしれない。
『降りる人』の工場は、いったい何なのかさっぱりわからない〝エレメント〟なる銀色のパーツをつくっているという設定だったが、『BOXBOXBOXBOX』の宅配所は屋内まで忍び込んでくる霧に包まれ、ベルトコンベアの先も見通せない。登場人物たちはその霧の中で朝から晩まで作業をつづけている。
新人の女性アルバイト・稲森は社員の神代から仕事内容について簡単なレクチャーを受け、すぐに働き始めることになる。だが、その段階ですでに気が重い。
……ベルトコンベアのスピードは速すぎて数字を確認するのは困難だった。また、霧が濃いせいで、隣に立っている神代以外はだれの姿も見えない。霧によって宅配所全体の容貌を把握できない、この目くらましの不安が稲森のモチベーションを奪っていった。(中略)稲森はもうすっかり仕事にうんざりしていて帰りたかった。NS-199のラベルが流れてくるのが見えたので手を伸ばすと、その荷物は片手で摑めるほど小さいのにとても重たい。上半身がつんのめり、他の荷物に衝突して、いくつかの荷物をコンベアからこぼしてしまった。稲森は角の潰れた荷物を拾いあげて、ベルトの上に放り投げた。しばらくして、また一つの荷物が流れてきたので、左手で堰き止めると、箱の大きさのわりには軽すぎて、掌に吸いついて浮き上がった。こうして捕えるのに手間取っているあいだに、つぎに流れてきた大型の荷物にぶつけてしまった。箱は粘土のように凹んで、流れてくる箱の群れと合流して流れて行ってしまった。下流の先は霧で見えない。稲森はもう、このアルバイトを選んだことを後悔していた。この作業環境に、最低賃金プラス二百円の時給は妥当だろうか?(後略)
舞台は宅配所の中だけにほぼ限定され、名前のついている登場人物は、この稲森と神代に、必要最低限の時間だけ働く若手アルバイトの安と、病気の妻の介護をしながら働く中年の斉藤を加えた4人だけ。それぞれの視点を自在に切り替えながら、小説は少しずつ破局に向かって進んでいく。
人間性を削り取る労働の代償としてストレスが募り、そのストレスが彼らを逸脱へと駆り立てる。しかしそのループを逃れようと箱の外に出ても、また別の箱があるだけ……。
と書くとたいへん重苦しい、図式的な小説のようだが、引用箇所を見てもわかるとおり、解像度の高さと同時にそこはかとないユーモアを感じさせる文章が実に巧みで、110ページの中編ということもあり、最後まで一息に読まされてしまう。安部公房と筒井康隆を一緒にしたような──というのはさすがに褒め過ぎかもしれないが、ところどころにそういう才能が垣間見える。
小川哲の選評にいわく、「こんなに不気味で、こんなに心地の悪い小説は、高度な技術と強い決意、そして正確な批評眼がなければ書くことができない」。
4人のドラマが意外なかたちでひとつになるラストも面白い。
評者=大森 望






