採れたて本!【デビュー#35】

採れたて本!【デビュー#35】

 八百比丘尼伝説は日本各地にあるそうだが、若狭湾に面した福井県小浜市も本場(?)のひとつ。人魚の肉を食べて不老不死になった娘は、若く美しいまま800年生き、八百比丘尼(福井では「やおびくに」ではなく「はっぴゃくびくに」と読む)と呼ばれたという。

 伝奇ホラーにしばしば登場する人気のモチーフだが、第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の大賞とカクヨム賞を同時を受賞した綿わたはらせり『うたかたの娘』は、福井県出身の著者が地元の伝説に正面から挑み、「人魚の肉を食べるとなぜ不老不死になるのか?」という根源的な謎に新たな解釈を加えた人魚ホラー。

 それぞれ人魚が関係する全4話から構成され、読み進むうち、登場人物が抱える秘密が少しずつ明らかになってくる。綾辻行人の選評にいわく、

「それぞれに読む者の意表を衝く展開や捻りが仕込まれており、フェアな記述とあいまってミステリ的なセンスの良さも感じる。そして、怖い」

 第1話の「あぶくの娘」では、街で見知らぬ女性をナンパしてカフェに入った〝僕〟が高校時代の思い出を語り始める。同級生に並外れた美人がいて、彼女から地元の町に伝わる人魚伝説を聞かされた。いわく、海辺の村にうすべにという名の大層美しい女がいた。男はみな薄紅に恋をしたが、村で一番醜い女が嫉妬のあまり彼女の首を切り落とし、鍋にして食ってしまった。するとその醜女の顔がみるみる美しくなり、体中が鱗で覆われ、やがて人魚に変じた。女は侍に捕らえられ、不老不死の薬として権力者に献上されてしまう。語り終えた同級生は、「わたし、人魚かもしれん」とつぶやく……。

 美貌しか取り柄のない女と、容姿に恵まれない女。美女に興味がなく、醜女ばかり好きになる男。人魚伝説にルッキズムがからみ、同様構造の物語が時を超えて変奏される。

 課長にねちねちといびられている冴えない女性会社員が、たまたまカフェで出会った老婆から呪いの人形を渡される第2話「にんぎょにんぎょう」も生々しいが、いちばん印象的なのは第3話「へしむれる」だろう。舞台は若狭湾に建つ古い水族館。もともと経営は傾きかけていたが、すさまじく美しい女が客として通ってきはじめたころから、水槽の魚たちに次々に異変が……。

 いきなり話がありえない方向にジャンプする点は選考委員の間でも評価が真っ二つに分かれる。どうせならこの異変が大々的に報じられて水族館が大人気観光スポットになるところまで書いてほしかったという気もするが(個人的な好みです)、リアリズムを捨ててファンタジーに飛躍するから面白いとも言える。

 ちなみに〝へしむれる〟とは、人魚やその骨を意味する外国語として『大和本草』の附巻に記されている「ヘイシムレル」に由来する造語らしいが、一度見たら忘れられない絶妙のネーミングだ。美女が探し求める〝へしむれる〟の正体については、ぜひ『うたかたの娘』を読んで確かめてほしい。

うたかたの娘
『うたかたの娘』

綿原 芹
KADOKAWA

評者=大森 望 

萩原ゆか「よう、サボロー」第128回
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