採れたて本!【デビュー#32】

またまたすばらしいデビュー短編集が登場した。昨年、八潮久道のデビュー短編集『生命活動として極めて正常』を読んだとき、こんなすごい作家がいたことをいままで知らなかったなんて──とショックを受けたが、灰谷魚『レモネードに彗星』の場合もそれと同じ。長短さまざまな全7編のうち6編は、2014年から2023年にかけていずれもウェブサイト(note など)に発表されている。
表題作は「カクヨム Web 小説短編賞2023」円城塔賞の栄えある受賞作。全2,168編の応募作(1万字以内)すべてを円城塔がひとりで読み、ひとりで選考して1本だけ選び出した作品だ。14歳のときスナイパーに狙撃されて死んだという語り手の「私」は、以来15年、大きな窓を間にはさんで、叔母と二人きりで暮らしている。「私」は29歳になったが、今の叔母は196歳(外見は58歳くらい)。なぜそんなことになっているのか、二人はどこにいるのか、作中では何も説明されない。英語タイトルは〝Remnants of Ancient Desire〟(古い欲望の名残り)なので、死後の世界の物語のようでもあり、それがたいへん魅力的な文章で綴られているのだが、読めば読むほどよくわからない。手がかりを求めて円城塔の選評を見ると、
『「レモネードに彗星」は不思議なお話です。登場人物たちの年齢も状況もよくわかりません。謎が提示されているのかどうかも不明で、しかしところどころに現れる単語や一文が、奇妙な説得力を発揮します。/いろいろな読み方が可能でしょうが、まずなによりも、ただそういう文章としてあるという点に強い印象を受けました』
と書いてあってやっぱりよくわからない。『「なにか語りえないことを語ろうとしている感覚」を一番強く受けた』のが授賞理由と言われると確かにそんな気もするが、うーん、正直、自分にこの作品を選ぶ自信はない。しかしこれが円城塔賞を射止めたおかげでこの短編集が KADOKAWA から出ることになったのだろうから、さすが円城塔、天才ならではの慧眼と脱帽するしかない。
さらに巻末の「スカートの揺れ方」は、応募総数4,633編の中からキノブックスが主催する第3回「ショートショート大賞」(2018年)の大賞を受賞した作品。こちらは、スカートと一体化してスカート人間と化してしまった「私」が、親友のコリオリことコオリヤマ・エリコに相談して問題解決をはかるドタバタ劇。エイミー・ベンダー風のストレンジ・フィクションだが、二人のやりとりがすばらしく面白い。
巻頭の「かいぶつ が あらわれた」とその次の「純粋個性批判」も、同じく女性二人の関係性が軸になる。
「かいぶつ が あらわれた」は、奇妙な現象に見舞われた親友を見守る側が語り手。巨大な怪物によって破壊されはじめた世界で、親友の紀世子が宙に浮きはじめ、その高度が少しずつ高くなっていく。だんだん遠くなる紀世子とのスマホでのやりとりが可笑しくも切なく、胸に迫る。
「純粋個性批判」は、『世間のありようや、最新の流行に敏感で、そのほとんどすべてを憎悪』することでかたく結びついていた二人の女子高校生の切っても切れない絆の物語。二人の関係に触れた部分を本文からちょっと引用する。
たとえば安いカフェの片隅や、公園のベンチや、放課後の視聴覚室なんかで、私たちが怒濤のように語り合うとき、そこには宇宙誕生の瞬間にも似た爆発的な批判の熱があった。私とユカリが生み出した炎だ。この星の全体を残らず焼き尽くすような快感があった。(中略)
私とユカリの関係は、「二人で花壇を育てていこうね」といった温かい感じのものではなくて、自分たちを取り囲む敵兵を全て射殺するときに必要とされる類のものだった。それだけ得がたい存在だったとも言える。戦場で背中を預けられる相手なんて、そうそう見つかりはしない。友情と言ってしまうには、何かが大きく違いすぎたと思うけど。
一人称のこの語りを読むだけでも、灰谷魚のただごとではない才能は明らかだろう。題名の「純粋個性批判」は二人が他のだれにも見せずに出していた同人誌のタイトル。いろんな意味でイタすぎるディテールがぐさぐさ刺さりすぎる、(野﨑まど『小説』にハマったような読者にはとくに)身もだえしたくなるような傑作だ。
一方、『宇宙人を捕まえたんだ。今からうちに見に来ないか』と親友に誘われる場面で始まる「宇宙人がいる!」は、いつまでたっても成長しない中年男二人が主人公。捕まえた宇宙人が何にでも変身できるというので、中高生時代に憧れの的だった(広末涼子的な)アイドルやクラスのマドンナの(その当時の)姿になってもらうという、徹頭徹尾バカな話。大友克洋の初期の短編「宇宙パトロール・シゲマ」の20年後バージョンみたいなノリが懐かしい。
「火星と飴玉」は、週末のイオンのフードコートでばったり出会った、それまでほとんど話したことのないクラスメイトの男女、森川火星と二宮飴玉の対話劇。こちらはダウ90000のコントみたいなリアル感が絶妙。
本書全体の半分近くを占める書き下ろしの中編「新しい孤独の様式」は、村上春樹作品に出てきそうな主人公ハルオが、中学時代から片思いしてきた運命的な恋の相手(ただし肉体的な接触は拒まれる)と、『ブレードランナー2049』のジョイみたいな(想像です)扇情的な肉体を持つAI美女(に超自然的な何かが憑依した存在)との奇妙な三角関係に陥るロマンスSF。
以上7編、それぞれに趣向を凝らして、違う種類の驚きを与えてくれる。
評者=大森 望