◎編集者コラム◎ 『Q(上巻 覚醒前夜・下巻 暗夜行路)』呉勝浩
◎編集者コラム◎
『Q(上巻 覚醒前夜・下巻 暗夜行路)』呉勝浩

夜と夜明けのあいだ、県道は青白いというよりどす黒い。二十四時間しかない一日の数十分が出発と到着の隙間で消える。反吐が出るのを我慢する。それを吐けば日常が腐ってしまう。わたしの首根っこをつかんで放さないのは食い扶持だった。
『Q』の冒頭です。どうですか、この身震いするような美しくて静謐で濃密な文章! 一言でいってカッコいい。作中の「わたし(=ハチ)」が首根っこを摑まれているなら、担当編集たる私はこの書き出しですっかりハートを摑まれたのでした。
著者である呉勝浩さんがプロットを立てずに執筆するスタイルであることは、インタビューなどでも公言されています。(私は常々ほんとに?? と思っていますが。あの『爆弾』や『スワン』がプロット無しなんて信じられない!)本作もそのスタイルは変わらず、呉さんの頭の中だけにある物語が原稿に書き起こされ、ある程度まとまると送ってくださるという私だけが読者の連載状態。ある日突然「第二部」と打たれた原稿が届き「いままでは第一部だったんかい!」と驚いたこともありました。
折しもコロナ禍、かつてない閉塞感と不安に世界が苛まれていたあの期間。フェイクニュースや陰謀論がSNSを駆け巡り、何を、誰を信じていいのかわからなくなったあの期間。突如現れた天才ダンサー〈Q〉(=キュウ)のまわりで〝異様な情熱〟を生みだし、常識外にはみ出してしまう人々。彼らを描くため、原稿用紙にして1300枚近くの言葉が尽くされました。ミステリー? 社会派? サスペンス? いやいや、どのジャンルにも属さない、でも最高純度のエンタテイメント作品が誕生しました。
文庫化にあたって、久しぶりに本作を読もうとし、ふと気づきました。単行本刊行のとき、私もまた本作が発する〝異様な情熱〟に巻き込まれ、体温が上がった(比喩ですよ)状態だったんだな、と。単行本刊行時の取材で、呉さんは「恋愛小説を書きたかった」とおっしゃっていました。それはただの“恋愛”ではなく、誰かと誰かの間に生まれる異様な情熱として、本作のなかでは様々なかたちで現れます。それはきっと、読者と『Q』のあいだに生まれる熱でもあります。
単行本から佇まいを変え、装画を寺田克也さんに、解説を品田遊さんに、帯コメントを小川哲さん、一穂ミチさんにいただきました。かかわってくださった皆さんからも〝熱〟を感じます。ぜひ、物語によって体温が上がる、その感覚を味わっていただきたいです。
──『Q』担当者より





