採れたて本!【歴史・時代小説#38】

採れたて本!【歴史・時代小説#38】

 歴史ミステリ『二月二十六日のサクリファイス』で第31回中山義秀文学賞を受賞(木内昇『雪夢往来』と同時受賞)した谷津矢車の新作は、よりミステリ色を濃くしている。若い頃から豊臣秀吉の友垣だった前田利家がキーパーソンで、秀吉の弟・秀長も重要な役で登場するだけに、大河ドラマ『豊臣兄弟!』を楽しみにしている読者には特にお勧めしたい。

 可成、長可、蘭丸ら猛将を輩出した森家の傍流に生まれた森左門は、織田信長没後の方針を決める清洲会議の時、秀吉の周旋で織田家の家督相続を認められたが、天下統一を進める秀吉に織田家の家督を取り上げられ新たに家を興した織田三郎(秀信)に仕える。秀吉と利家は謎かけ遊びを楽しんでおり、三郎と左門は二人が出す難問に挑むことになる。

 北野大茶湯で、信長から頂戴した茶入〝手枕〟を秀吉が割ってしまったが、それは偽物で本物は利家が持っていた。〝手枕〟は秀吉が秘蔵していたので写しを作るのが難しく、保管されている蔵は厳重に警備されていた。この不可能状況が、歴史を題材にした大掛かりなトリックで解明される展開には、ミステリ好きも驚かされるのではないか。

 利家が自分はいつから秀吉に従ったのかという謎かけは、北条征伐が迫る時期に利家が謎かけを出した理由から真相に迫るロジックが秀逸。関白を譲った甥で養子の秀次が暮らす聚楽第を訪ねた秀吉が矢で射られ、利家は鳥を追い払う矢が間違って飛んだと弁明した。だが利家の周辺から秀吉を狙うのは難しく、聚楽第に入るには厳重な身体検査があり武器の持ち込みは不可能に近い。何重もの謎が一気に解かれる終盤は圧巻で、自白をした利家の動機にもひねりがあった。

 このように個々の収録作がミステリとしてクオリティが高い本書は、全体に張り巡らされた伏線が最終章で、利家の真意、暗愚不明だった三郎の真の姿といったどんでん返しを作るだけに長編としての構造も持っており、最後まで目が離せない。清洲会議の場面くらいしか登場しない三法師(三郎の幼名)のその後に加え、信長時代から始まる秀吉と利家の関係や、豊臣家の後継者問題などが著者独自の解釈で描かれているのも興味深く、歴史小説のマニアも満足できるはずだ。

 謎解きを通して、友垣だった秀吉の家臣にならざるを得なかった利家の複雑な心境や、豊臣政権にとっては簒奪した創業家にあたるため煙たい存在ながら遇する必要もあり、潰されないために能力を見せる必要がある一方、有能過ぎても潰される三郎家中の危うさなどが浮き彫りになっていく。こうした状況は、成果主義が導入されたり、合併で大きくなったり、ワンマン経営者の下で働いていたりしたら現代人も直面する苦労なので、三郎を守るため骨を折る左門に共感する読者も少なくないのではないか。

不埒なり利家 豊臣天下事件帖
『不埒なり利家 豊臣天下事件帖

谷津矢車
実業之日本社

評者=末國善己 

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