ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第161回

「ハクマン」第161回
漫画家になって15年以上。
担当の異動や退職だけでなく、
ついに「定年退職」をする者も現れ始めた。

前回担当が異動した話をしたが、この連載の担当も交代することとなった。

交代理由は異動ではなく「今月いっぱいで転職するため」だそうだ。

「退職」ではなく「転職」とは「わざわざそれをいう必要あるか」という意味で斬新な表現だ、私に原稿の催促をしながら転職活動をしていたかと思うと感慨もひとしおだ。

しかし、退職前に次の就職先を見つけておくというのは、会社員にとって普通のムーブらしい。

少なくとも我々のように、ハナから就職していないため退職や転職という概念がなかったり、漫画家ではなく漫画家志望になるために会社を辞めたりはしないのだ。

私も会社員経験はあるが、次の当てを見つけて退職したことなど一度もなく、被雇用者の権利が強い日本で、毎回「もう自主退職するしかなくなった」という状況になって辞めている。これはなかなかできることではない。

漫画家なのに正社員の経験があってすごいと言われることもあるが、「自分に正社員が務まる」という、カナブン以上の判断力があれば絶対しない勘違いをしている時点で、最初から就職を選ばない漫画家より遥かに愚かなのだ。

よって、編集者が退職のお報せと同時に、次の就職先のお報せをしてくるのは珍しいことではない。

さらに転職先もまた出版社であることが多く、ビッグ麻が合法の国に己を探しにいった奴はみたことがない。

会社のことは辞めるほど嫌になっているのに編集者として漫画家の相手をするのが嫌になってないのはすごいと思うが、確かに編集者は漫画家と対照的にコミュ力と社会性に長けた奴が多いのだが、漫画家に合わせているため、業務形態、何より納期に対する感覚がハチャトゥリアンになっている気がする。

その感覚を持って今更納期が人命より尊ばれる製造業とかに参入することはできないだろう。

漫画家は元々漫画家しかできない人間の集まりだが、編集者も編集者をやる内にそれしかできなくなってくるのかもしれない。

私も15年以上漫画家をやってきて担当の異動や退職は数えきれないぐらい経験しているが、ついに「定年退職」をする者も現れ始めている。

先日実家で聞いた「従兄弟が定年退職」よりはインパクトに欠けるが、こうやってつきあいのある編集者が現場から消えていき干されていくのだなと、自分が即身仏になるプロセスが見えた。

しかし、少し前に漫画家歴50年近くにもなる著名作家が、当初は漫画家など長くは続けられないから会社員になった方がいいと親にも言われたが、今となっては当時いた編集者はあらかた定年を迎え、自分はまだ漫画家を続けていると言っていた。

これは「私にドクターペッパーをやめろと助言した医者は全員死んだ」に通ずる話だ。

確かに、酒もたばこもやらない人間が早死にすることもあれば、静脈にエタノールを打ち込みつづけて100周年な者もいる。

仕事だって、社会では1日も生きられないと評された者が漫画家をずっと続けることもあれば、大手企業を3か月で辞めて以後部屋から出てこない奴だっているだろう。

会社員は安定していると言っても、辞めてしまえば打ち切りを食らった漫画家と大差ないとも言えるし、定年という概念がない分、漫画家の方が長く続けられる職業だと言えなくもない。

もちろんその年まで需要があり続けるのは大変だし、そもそも定年を越える年まで漫画家を続けていたいかと問われれば「やらなくていいならやらない」と答えるだろう。むしろ今の年齢でもやらなくていいならやらないし、この原稿もここで終わりだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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