方丈貴恵さん『盾と矛』*PickUPインタビュー*

推理と隠蔽の上書きバトル!
絶対に犯人を逃がさない探偵と、絶対犯人を逃がす仕事人
「ずっと本格ミステリの新しい可能性を探し続けています。好奇心が強い性格なので、この組み合わせが面白いんじゃないかと思ったら、もう試さずにはいられないんです」
と方丈貴恵さん。本格ミステリとタイムトラベルを融合させた『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞してデビューして以来、犯罪者御用達のホテルに常駐する探偵の名推理を描く「アミュレット・ホテル」シリーズ等、一癖も二癖もある本格ものを発表し続けている気鋭の作家の新作のタイトルは『盾と矛』。〈絶対に逃がさない探偵〉VS.〈必ず無罪にする仕事人〉の対決を描く本格ミステリだ。
フィリピンで知人に騙され犯罪組織の下で働かされ、8年経ってようやく日本に逃げ帰ってきた霧島。そんな彼をスカウトしたのは中学まで一緒だった草津だ。探偵業を営む草津は事故で車椅子生活となり、助手が必要になったという。そうして誕生したのが、頭脳明晰で飄々とした探偵・草津と、強面で体力だけが自慢の助手・霧島というコンビだ。
第一章では、雪山の別荘で発生した殺人事件について霧島が情報を集め、それを聞いた草津が、安楽椅子探偵のごとく犯人をつきとめる。が、その矢先、重要な証拠が現地の倒木により消失する。2人は、犯人を確実に逃がす仕事人、ヒミコの仕業だと確信する──。
本作の着想は、意外なところにある。
「『噓喰い』というギャンブル漫画です。もちろんギャンブルの部分も最高なんですけれど、私がいちばん魅力に感じたのは、知性のパートとアクションのパートの両輪が入れ替わり立ち替わりしながら攻防が進んでいくところでした。本格ミステリの醍醐味といえば、知性と静かな緊張が極限まで高められた推理がメインだと思うんですが、本格ミステリも同じように、知のパートと暴のパートを組み合わせたら新しくて面白いものができるんじゃないかと思いました。そして、その設定を煮詰めていったんです」

知の領分を担うのが草津、暴=アクションの領分を担うのが霧島というわけだ。方丈作品にはこれまでバディ関係のコンビはいたが、探偵と助手というコンビが登場するのははじめてでは?
「そうなんですよ。前から一回書いてみたいと思っていたんですけれど、私は対等であるコンビのほうが面白いと思うタイプの読者でして。なので今回も、互いが補完しあう関係にある探偵と助手になりました。草津は車椅子に乗っている事情もあり、調査の際には助手のサポートが必要になります。なおかつ、知の領分と暴の領分という形で得意ジャンルが分かれていて、お互いに補完しあえる2人なんです」
さらに必要な要素だったのが、知の領分も暴の領分も併せ持つ好敵手の存在だ。
「本格ミステリは頭脳戦が見どころだと思うのですが、それに必要なのは好敵手なんですよね。探偵と好敵手は、メタ的に見るとお互いを映えさせあっているというか、お互いの魅力をより増しあっている関係に見えるところが好きで。なので、そういう要素のある敵を作りたいと思いました。さらに、そこに『噓喰い』からインスピレーションを得た要素を入れるとなると、好敵手は知のパートはもちろん、暴のパート、つまりアクティブな推理バトルも得意な人物でないといけません。それで思いついたのが、探偵とは真逆の立場にある、『犯人を必ず無罪にして逃がす仕事人』という存在だったんです。事件を事後的に大胆に変えていく仕事人を登場させれば、知の領分と暴の領分の両面で、迫力たっぷり魅力たっぷりの推理と隠蔽の上書きバトルを描けるんじゃないかと思いました。そして、探偵と助手の2人と仕事人も単純な敵対関係にあるのではなくて、その背後にドラマを持たせようと決めました」
巷で密かに出回っている、仕事人ヒミコのアカウント。そこに助けを求めると、報酬次第で証拠の隠滅なり捏造なりを請け負い、絶対に立件できないようにしてくれるという。誰にも姿を見せることなくそれをやってのける謎の存在だが、草津や霧島にとって、彼女は中学時代の友人でもある。大人になり、彼らは敵対する関係となってしまったのである。
知の領分と暴の領分での対決
それぞれの事件において、草津と霧島は知の領分と暴の領分で、犯人、そしてヒミコと対峙していくこととなる。
「各章、扱う舞台や事件の内容や、雰囲気そのものも変えてバリエーションを持たせようと考えました。第一章ではわりとオーソドックスな雰囲気を出したくて、雪山の別荘で密室の謎を作りました。第二章ではより身近でリアリティも出しやすいオフィスビルという場所を舞台にしつつ、派手さのある事件を作り、第三章では独自の祭りがおこなわれている村を舞台にしました。それらの話を進めていくうちに、探偵側と仕事人の間のドラマもちょっとずつ深まっていくようにしました」

どの章も、探偵側の霧島の視点のほかにヒミコの依頼主、つまり犯人の視点も挿入されていくので、倒叙ミステリの味わいがある。
「犯人も、変人探偵と凡人っぽい助手を見て、最初は〝大したことなさそうだ〟と油断するんですが、相対しているうちに〝この2人はやばいかもしれない〟と気づいて地獄を見ることになる形ですね(笑)。倒叙ミステリ形式の探偵は、犯人側が絶対出会いたくないと感じるタイプのほうがよいと思うので、そういう意味でもうまくかみ合ったかなと思います」
コミカルな要素でも楽しませる。たとえば草津は悪運が強く、つねになにかしらトラブルに見舞われる人間だ。
「変わった性格をした探偵にしたかったので、悪運が強いという要素を乗せてみました。そうすると何か予想外のことが起きた時に、犯人側は探偵の悪運によるものなのか、誰かの意図によるものなのか分からなくなるのも面白いかなと思って」
また、ヒミコの証拠隠滅方法は相当ダイナミックだが、探偵側も純粋な推理だけで犯人を突き止めるのでなく、大胆な仕掛けを用意することも。
「もともと私はアルセーヌ・ルパンのような、アウトロー的な主人公が好きなので、今回は探偵側も一癖二癖もある戦術を持ったタイプにしました。でもアウトローであっても、まわりに迷惑をかけるだけのキャラクターはあまり好きではないので、筋は通っている2人にしています」
その点では、ヒミコも金で動く極悪人というより、やむにやまれず罪を犯した人間を助けているフシもあり、あまり憎めない。
「彼女が扱うのは犯人に同情できる余地もある事件が多いですよね。悪いこともしているけれども、理解できる部分もあるから読者は複雑な気持ちになってしまう。そういうキャラクターを目指しました」

それぞれのお約束の台詞も楽しい。草津の「事件は犯人が分かってからが本番だね」や、ヒミコが依頼を受けた時に電話口で言う「私に依頼なさった瞬間に、あなたの無罪は確定いたしました」など。その電話でヒミコが依頼者に何らかの品物を用意するように指示を出すのだが、それが牛乳瓶だったり段ボールだったりと、犯人も読者も「一体何に使うの?」と思わせるアイテムなのだ。しかし、ほどなく「なるほどそう使うのか!」と唸らされる。方丈さんはいつもトリックを考えずに書き始めるというから驚く。
「トリックやロジックは決めずに、必ずここを達成するという目的や目標だけを定めて、それをいかに面白くするかに注力して後半を作っていくんです」
どのエピソードも、アクロバティックなトリックが堪能できるのも本書の魅力である。
第三章にはまた異なる驚きが
「読者の中に出来上がった予想を外すことは意識しています。でも、望まれている面白さから完全に外れていても楽しんでもらえないので、『ちょい外し』くらいがいいかなと思うタイプです」
と言うが、第三章はあまりの予想外の展開に啞然とする。
「第一章はアクセルを踏んで飛ばして、第二章はその変奏で、そこからさらに繫げていくにはどうしたらいいかと考えました。いろいろと仕込んで工夫をしているので、そのあたりも楽しんでもらえるとよいなと内心ドキドキしながら書きました。想定していた以上にみなさん驚いてくださっている印象です」
第三章については、これ以上は何も説明できない。ただ、草津と霧島がとある決断を下し、人としての矜持を見せる場面が胸熱。
「よかったです。提示された選択にどう応えるかはドラマを盛り上げるうえで重要なポイントだったので、めちゃくちゃ悩みながら作った部分です」

まさに、本格ミステリの新しい楽しみ方を味わわせてくれるといえる本作。
「今回は、エンタメ&アクションと本格ミステリの融合に挑戦した「アミュレット・ホテル」シリーズと、エンタメ的なドラマと本格ミステリの融合を目指した『少女には向かない完全犯罪』のふたつで培ってきたものを合わせた作品になったと思います。非常に難しくはあったんですけれど、とても充実した気持ちで書けました」
ロジカルでコミカルでダイナミックでサプライジングな盾矛バトルを、ぜひご堪能あれ。
方丈貴恵(ほうじょう・きえ)
1984年、兵庫県生まれ。2019年『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。長編第二作『孤島の来訪者』は「2020年SRの会ミステリーベスト10」第1位に選出され、『名探偵に甘美なる死を』『アミュレット・ホテル』でそれぞれ第23回・24回本格ミステリ大賞の候補に。他の著書に『少女には向かない完全犯罪』『アミュレット・ワンダーランド』がある。



