安藤祐介『じゃないほうのオダ』

史実って、いったい何だろう?
これまで主に「お仕事小説」と呼ばれる類の小説を書いてきました。
そんな私ですが、実は大の歴史ファンです。
私が初めて歴史への扉を開いたのは、小学1年生の頃。歴史漫画『織田信長』を読み、その後、数々の歴史上の人物の漫画や伝記を読み漁りました。中学生以降では司馬遼太郎さんや吉川英治さんなどの歴史小説も読んできました。
しかし恥ずかしながら、同じ戦国時代の常陸国(茨城県)の筑波山麓に、信長とほぼ同級生の「オダ」がいた事実を、私は知らぬまま大人になりました。
40歳を過ぎた頃「じゃないほうのオダ」との出会いは突然やってきました。
テレビで戦国時代をパロディにした歴史バラエティ番組を眺めていると、小田氏治なる戦国大名が登場。聞けば「戦国最弱と言われている」「戦国最強の上杉謙信を裏切って、真っ向勝負で蹴散らされた」など、散々な戦歴を辿ったようです。
一方「城を何度も落とされては獲り返した」「民には慕われていた」といった肯定的な話もあり。極めつけは、最後に映し出された氏治の肖像画でした。氏治の傍らに、猫がはいつくばって眠りこけています。
──なんだ、このつかみどころのない戦国大名は。
私は小田氏治に魅せられました。
ネットで検索すると、氏治は一部の戦国ファンの間で人気の武将でした。NHKの歴史番組でも「戦国最弱の大名」として小田氏治が紹介されました。
しかし、氏治について調べるほど、私は疑問を抱きました。
氏治は本当に弱かったのだろうか?
私は、氏治を「書いてみたい」という強い衝動に駆られました。
私にとって長らく、歴史小説は読んで味わうものでした。歴史小説を「書く」という選択肢から目を背けていたように思います。
その殻を破ってくれたのが、担当編集者さんの「やってみましょうよ」の一言でした。私が恐る恐る氏治のことを話したところ、背中を押してくれたのです。
それから私は茨城県つくば市の小田城をはじめ、その周辺の土地に足を運び、取材に取り掛かりました。
時代の渦に消えた敗者の常として、史料が乏しいという難点があります。勝者である敵方の記録や、数少ない小田方の史料に記された「史実」の点と点を追いながら、その間を結ぶ線を創作していきました。
そんな中、私の中で途方もない疑問が膨らみます。
──史実って、いったい何だろう?
勝ち残った側が残した史料には、成果が誇張されることが多く、敗れ去った側の史料は、あまり後世に残りません。
結果、史実は立場によって違ってくるのではないでしょうか。
では、立場が異なっても揺るがない史実はないのだろうか。
私なりに出した答えは一つです。
──いつの時代も、みんな懸命に生きていた。
これだけは、揺るがない史実ではないかと思うのです。
この物語を書くにあたり、私は氏治の生き様に、ある一つの仮説を立てました。
氏治は懸命に、乱世を逃げ切ろうとしたのではないか?
四方を強大な敵に囲まれた氏治は、戦に明け暮れる壮絶な半生を送ることになりますが、そのほとんどが、攻められて応戦するか、奪われた城や領地を獲り返すための戦です。
氏治が居城の小田城に帰還する度、領民たちは歓喜したと伝わります。
天下布武を掲げた「オダ」が圧倒的に有名ですが、同じ時代に筑波山麓の領地領民を守ろうと懸命に戦った「オダ」もいました。
乱世の怒涛に翻弄されながらも懸命に生きた「じゃないほうのオダ」の物語。歴史ファンの方もそうでない方も、ぜひご一読ください!
安藤祐介(あんどう・ゆうすけ)
1977年生まれ。福岡県出身。『被取締役新入社員』でTBS・講談社第1回ドラマ原作大賞を受賞。『本のエンドロール』『六畳間のピアノマン』『崖っぷち芸人、会社を救う』『日ノ出家のやおよろず』『退職クロスロード』など著書多数。本書『じゃないほうのオダ』が初の歴史小説である。




