▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 方丈貴恵「探偵は不滅なり」

「探偵は殺せない。謎がある限り、何度でも現れるから」
藤見とかいう探偵は、傍らの助手に言う。
「謎は解けたよ。あとは証拠を固めるだけ」
その言葉を耳にした瞬間、私の決意は固まった。
事件を迷宮入りさせたいなら、何をすればいい? 答えは簡単、調べにやって来た人間を殺してしまえばいい。
意味深なことばかり言って、焦らすようなマネをするから……真相を話す前に、むざむざ命を落とすことになるのだ。
一昨日、私は遺産目当てに父を殺した。
私の留守中に自宅に強盗が入り、父を刺し殺した。そんな筋書きに見えるよう、現場は完璧に整えておいた。
警察は、息子の私を疑いもしなかった。
複数の人間から証言があったからだ。私は自宅から三十キロ離れた自分の個人弁理士事務所からリモート会議に参加していた、と。おかげで、私は死亡推定時刻には自宅にいなかったことが証明されていた。
当然、アリバイ工作の賜物だ。
あらかじめ、私は自宅近くの倉庫に事務所そっくりの部屋を作っておいた。そして父を殺した直後に、その倉庫からリモート会議に参加したのだ。皆、ころりと騙されて、いい証言をしてくれた。
だが、その矢先……藤見が、助手の女子高校生・小林を伴って現れた。そして、これは強盗ではなく殺人だと主張しはじめたのだ。
探偵としての矜持なのか、藤見は証拠が揃うまで警察にはもちろん、助手にさえ推理を漏らさないらしい。つまり、倉庫を調べられ証拠をつかまれる前に藤見の口を塞げば、その推理を無に帰すことができる訳だ。
問題の藤見はヘビースモーカーだった。
彼が泊まっている旅館は禁煙だから、必ず一服しに外に出てくるはずだ。
思った通り、深夜二時を回った頃、藤見が旅館から出てきた。ちょうどいい具合にカードキーを手に持ったままで。
灰皿があるバス停の傍は、階段になっていた。私は探偵の背後から近づいてカードキーをひったくる。それから、茫然としている相手の胸をとんと押した。
声も出せぬまま、藤見は切り立った階段を転がり落ちていった。
直後、何かが潰れる音がした。
登るのも苦労するほど急な階段の下には、岩場が広がっている。あそこに叩きつけられて無事でいられるはずもない。
──これでいい。
念のため、奪ったカードキーで藤見が宿泊していた部屋も調べてみた。
旅館には監視カメラもろくに設置されていなかった。だから、事件に関するメモが存在していないことを、悠々と確認ができた。
最後にカードキーも階段の上から落としておく。
これで……真相は闇の中だ。
翌朝、バス停には人が集まっていた。もちろん、階段下で遺体が見つかったせいだ。
助手の小林が睫毛を涙で濡らし、私をじっと見つめる。
「フジミさんが何て言ったか、あなたも聞いてましたよね?」
「いえ」
「……探偵は殺せないって」
背筋がぞわりとした。頭が半分崩れた探偵がゆっくりと起き上がって、岩場からこちらを見上げる幻影が見えたからだ。
でも、そんな訳はない。
不死身の人間など存在するはずもないのだから。
安堵したのも束の間だった。
私は警察に呼び出された。藤見の宿泊していた部屋から、事件に関する告発文が見つかったというのだ。その中で、私は父を殺した犯人だと断罪され、アリバイも無残に崩されてしまっていた。
「あり得ない」
藤見を殺した後、私は彼の部屋を調べたのだ。その時には確かに、告発文など存在しなかった。
──まさか、藤見は生きていた?
全ては罠で、私は藤見を殺した気になっていただけだったのか。
だが、階段下に横たわる探偵の身体の損傷は激しく、今や蠅がぶんぶんと飛びかっていた。どこからどう見ても死んでいる。
「なら、誰が告発文を?」
警察に連行される私には目もくれず、小林がスマホをいじりながら呟く。
「あーあ、また死んじゃった」
「え?」
「早いとこ、次のフジミさんを探さないと」
全てを悟った。
藤見はお飾りの役者にすぎず、真の探偵は……この女子高校生だったのだ。
彼女は使い捨ての駒を矢面に立たせ、助手という安全な隠れ蓑の中でぬくぬくと身を潜めていた訳だ。そして、藤見が殺されたと察するなり自ら告発文を作って、あたかも藤見の部屋から見つかったように装って届け出たのだ。
小林は蠱惑的な笑みを浮かべる。
「言ったでしょ? 探偵は殺せないって」
方丈貴恵(ほうじょう・きえ)
1984年、兵庫県生まれ。京都大学卒。2019年『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。23年『名探偵に甘美なる死を』で第23回本格ミステリ大賞候補、24年『アミュレット・ホテル』で第24回本格ミステリ大賞候補に選出されている。他の著書に『孤島の来訪者』『少女には向かない完全犯罪』。