採れたて本!【デビュー#40】

2月に単行本化された第49回すばる文学賞受賞作は、更地郊『粉瘤息子都落ち択』。
すばらしく印象的なタイトルだが、さっぱり意味がわからないと思うので若干の説明を試みる。
小説の主人公は、大学合格とともに上京してから8年、家賃4万円の安アパートで一人暮らしをしている二十代の青年・知也。就職したもののパワハラ体質の会社になじめず休職を経て退職。アパートの布団に籠もりウイダーインゼリーとカロリーメイトで命をつなぐ2カ月を経て部屋に腐臭が漂いはじめたが、大家が家賃督促にやってきたのを機にどうにか起き上がり、外に出ることに成功。蔵書のほとんどをメルカリに出品し、ささやかな収入を得はじめたころには、顔のまわりにいくつか粉瘤(良性の表皮囊腫)ができていた。
実家の母親からは、父親の具合が悪いから帰ってこいとしばしば電話がかかってくる。いわく、
「知也、早う帰っちきち。父さんのこと好かんろうけんど、そんでん親ん死に目くらい見届けな」。
やがて知也も、東京暮らしに見切りをつけ、かくして〝粉瘤息子〟の〝都落ち〟が決まる。その〝粉瘤息子都落ち〟までの日々を描いたのがこの小説。
では、タイトルの最後にくっついている〝択〟とはなにか。その説明がややこしいのだが、知也にはひとりだけ親友がいる。その名は忍。大学時代からのゲーム友だちだった忍は、なぜかたいへん裕福らしく、知也の失業を知って、週4日、平日の20時から23時まで、対戦格闘ゲーム「ストリートファイター6」(スト6)のオンライン対戦をすることを条件に、知也に月に10万円を支払うという。
知也は知也で、こう見えても意外とハードボイルドな性格なので、そんな金が受け取れるかと(他行宛て振込手数料を負担して)返金するが、忍は即座にまた送金してくる。「このままだと手数料分でお前だけが損するぞ」と脅されて返金をあきらめた知也は、夜ごと忍との対戦に励むことになる。
問題の〝択〟とは、格ゲーにおける択一攻撃またはその選択肢のことを言うらしい。たとえば、上段、中段、下段の攻撃から中段を選べば〝中段択〟。ジャンケンという〝択〟においてパーを選べば〝パー択〟になる(たぶん)。
というわけで、人生を格ゲー的に見た場合、主人公は〝都落ち〟(東京のアパートを引き払って九州の実家に帰る)という〝択〟をとったことになる。もっとも〝都落ち択〟の先にさらに〝再就職択〟とか〝老親介護択〟とか〝富豪に見初められて結婚択〟とかがあるのかもしれないがよくわからない。
タイトルの説明だけでずいぶん文字数を消費してしまったが、この小説が圧倒的に面白いのは、現代の日本に生きる若者の貧困を描いているようでいて、格ゲーの達人(といってもそこまでのレベルではないらしいが)である主人公が、藩を追われて傘張り浪人となり江戸の長屋に仮住まいする孤高の剣豪のようにも見えてくるところだろう。彼には彼の倫理観があり、哲学があって、忍もそれをよく理解している。二人の対話の絶妙のリアリティがすばらしい。実際、格ゲー用語を多用した文章は、小説の日本語に新たな魅力をつけくわえることに成功している。
しかし実は、この小説の最大の眼目は、知也がいつもマウンテンデューを買っている近所の自動販売機の側面に定期的に貼りつけられる謎のテープ。最初のテープにテプラで印字された文章は、
[じゃあ一生オマトゥマヘーオマヘマンヘーっつてろよ。]
なんだそりゃ。テープを剝がして持ち帰る途中、耳のうしろの粉瘤がつぶれてその血がテープについてしまい、スマホで撮影するとまるで呪物のように見える。その正体について忍とあれこれ電話で喋っているうちにふと思い立ち、知也はそのテープをメルカリに出品する。
このちょっとした気まぐれから、事態は思いがけない(わりとエンタメ的な)方向に転がっていくのだが、だからといってミステリになるわけでもない。
基本的には知也と忍のたいへん奇妙な(泣ける)友情小説であり、おそろしく個性的な青春小説。ただしどのページにも、いままで見たことがないような面白さが満ちている。格ゲー愛好者はもちろん、そうでない人も、だまされたと思って、最初の数ページでいいからぜひ目を通してみてほしい。
評者=大森 望






