「推してけ! 推してけ!」第61回 ◆『俺の恋バナを聞いてくれ』(新川帆立・著)

評者=吉田大助
(ライター)
こんなに恋バナをしたのは久しぶりだよ
独身だった頃、既婚の先輩とお酒を飲みながらバカ話をした夜の帰り際に、彼からありがとうのトーンで言われた一言が心に残っている。「こんなに恋バナをしたのは久しぶりだよ」。自分も結婚してだいぶ経った今となっては、よく分かる。不倫の是非うんぬん以前に、家庭に仕事に趣味にと忙しない毎日の中では、恋愛に回せるリソースが残っていない。若い頃は抱えきれないほど大きかった恋愛への関心は消え、人と会っても他に話すべきことがいっぱいあるから恋バナをする機会なんてまるでないのだ。だから、例えば若い人に会って恋バナを持ちかけられると新鮮な感覚が芽生える。相手の恋バナを聞きながら自分も過去の記憶を解凍するように語るという経験は、年々得難いものとなっている。
デビュー作から始まる「元彼の遺言状」シリーズで知られ、昨年『女の国会』で山本周五郎賞を受賞したことでも話題となった新川帆立の最新刊は、オビに「著者初の恋愛小説短編集!」と銘打たれている。恋愛絡みのトラブルで右往左往する男たちを主人公にした、全6編が収録されている。
とにもかくにも「第一話 ハイスペ 瓜生 尊 二十九歳 外資系戦略コンサルタント」(ここまでが正式タイトル)が素晴らしい。東京で外資系戦略コンサルタントとして働く主人公の尊(「俺」)は、自他ともに認めるハイスペック・イケメンだ。恋人はずっといない。8月のある夜、友人の優人からどうしてもと頼まれて合コンに出席するが、初見で女性陣に「量産型OL」という判断をくだし、以降は不機嫌さを隠さない。一次会終わりに、路上でしなだれかかってくるという作戦に打って出てきた「黒髪ボブ女」に対しても、間一髪で避けることに成功する。とはいえ幹事でもある優人の差配で、「黒髪ボブ女」ことミクをタクシーで送ることになり、車内は最悪の空気となってその日は終わった。
尊には尊なりの考えがあり、抱えているものがある。そのことがモノローグで明かされ、不器用な奴じゃん、意外といい奴じゃん、となったところから先の展開に今という時代ならではの新味が宿る。合コンでの自分の振る舞いが「久々に合コン行ってみたら、出てきたハイスペ男が最悪だった話」というタイトルで漫画にされ、SNSに投稿されたのだ。バズりまくっている一連の投稿を削除してもらうべく、尊は速攻でアカウントを作成し、ミクとしか思えない投稿者にDMを送信。ところが、「別にあなたの話はしてませんけど?」と一蹴されてしまうのだ。
その日以降、自分に関する投稿が追加されないかという不安でアカウントの監視を始める。すると、だんだんと彼女のことが気になってくる。そこにはSNS経由の単純接触効果も間違いなく介在しているが、それだけではない。自分の人生をコントロールすることに必死で、硬直しきった尊の心を開くためのパスワードを、ミクは知らず知らずのうちに発していたのだ。尊の内面を知りその感受性を認識している読者は、これならば恋が始まる、恋に落ちるしかないじゃん、と納得することだろう。
第一話では恋が始まる瞬間にドラマのピークが設定されていたが、第二話以降はそこから時間軸が前に後ろにと動いていく。終わりつつある恋の話、恋愛真っ最中の話、とうに終わった恋の話、始まってもいないはずだった恋の話……。著者のミステリー作家としての手腕がいかんなく発揮され、恋が始まる、もしくは終わる瞬間の驚きが見事に演出されている。犯罪小説の香りを放つ短編が、複数存在している点も印象深い。犯罪に誘われる際のメンタリティと、恋をする際のメンタリティは、常軌を逸するという点で似ているのかもしれない。
主人公たちの多くは、恋愛至上主義的ではない。最終話「第六話 オレサマ 武田英二 二十八歳 漫画家」の主人公に関して言えば、アロマンティック(他人に恋愛感情を抱かないセクシュアリティ)に分類される可能性もあるだろう。みながみな恋愛は無条件にいいものだとは思っていないし、どちらかと言うと面倒くさいもので、撤退すべきだと思っていたりする。けれども、それでも、頭から突っ込んでいかざるを得ない状況が訪れてしまうのだ。その姿を愚かだと冷笑する人もいるかもしれないが、だとしたら恋愛は、他の人間関係の中ではなかなか得られない、愚かさという感情を味わわせてくれる経験なのではないか。
人は誰かの恋バナに共感したり反感を抱くことで、人生における恋愛の意味を問い直し、味わい直すことができる。本書のタイトルは『俺の恋バナを聞いてくれ』だが、「聞かせてくれ」と願っている人は少なくないと思うのだ。けれども現代は「恋人いる?」「今恋してる?」と尋ねることがハラスメントになってしまう時代だ。ならば、どうすればいいか。この本を読めばいい。なにせ主人公たちは家族や友人にも言えないような内面の葛藤を、思うさま語ってくれているのだから。しかも、魅力的なストーリーというオマケ付きで。
読み進めながら、「それはないよ」と主人公たちにツッコんだり、「僕の経験で言うとさ……」と脳内で語り合ったりしていたのかもしれない。読み終えた時、喉がカラカラになった感覚があった。「こんなに恋バナをしたのは久しぶりだよ」。ありがとう、新川帆立!
吉田大助(よしだ・だいすけ)
ライター。1977年生まれ。書評や作家インタビューを多数手がける。著書に『別冊ダ・ヴィンチ 令和版 解体全書 小説家15名の人生と作品、好きの履歴書』など。






