山田裕樹『玄奘が来た 西遊黒記』

『水滸伝』の編集担当者が「西遊記」に無謀な挑戦!
嘘を書きたい。
何度もそう思った。2年半くらい前に長編エッセイを書いていた時のことである。43年に及んだ文芸編集者生活の間に出会った作家の方々との思い出をぶっ書いていた時にこう思ったのだ。特に北方謙三さんにはデビュー作から『水滸伝』までを造らせていただいた。はじめに嘘はまったく書かないぞ、と決めた。それが間違いだった。
その原稿は『文芸編集者、作家と闘う』というタイトルで光文社が本にしてくれた。
さて、嘘を書くにはどうすればいいのか。
小説を書いてしまえばいいのである。
では何を書くか。誰かに書いてもらおうとして果たせなかったものの一つに「裏西遊記」があった。そもそも玄奘の『大唐西域記』を読めば玄奘三蔵は体力も意志も強靭で悟空たち3人合わせたくらい強かったのだ。本多勝一『マゼランが来た』を読んだ時に思いついた。かつて本多氏は「マゼランこそ冒険者だ」と断言してからだいぶ経って、マゼランのたどった南米の海岸で取材を重ねマゼランの「蛮行の数々」を刊行したのだ。
この手を「西遊記」でやろう。3人の凶悪な子分を連れた最強の三蔵法師が「お経をとりに行く」とわけのわからんことを言いながらインドに向かって旅をし、平和に暮らす村人を魔人だ妖怪だと決めつけて蛮行を続け、通りすぎたあとは廃墟だけ、という仏罰が降りそうな内容であって、これを村人の視点から書く。そう決めた。嘘だけを書くというのは簡単ではなかったがそれはさておき、脱稿した。さっそくどこかの編集部に持っていって読んでもらわないといけない。
だが、ひとつ問題があった。内容が面白くないのである。
だが、厚顔無恥な私のこと、小学館に持ち込んで読んでもらうことに成功した。予期したように小学館の反応は厳しかった。いろいろ言われ、面白さについての見解は私と一致した。謝って帰ろうとしたら引き止められて、かなりの部分を書き直せばまた読んでやろうという言葉をもらった。
結局、直して持っていっては批判されまた直しては批判され、最初に書いた原稿がほぼそのまま残ったのは半分程度になってしまったところで、やっとOKをいただいた。
本を買ってくれた方々はどういう感想を持たれるだろうか。怖いけど興味はある。
山田裕樹(やまだ・ひろき)
1953年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、77年集英社入社。40年以上、文芸部に在職、文芸書、「小説すばる」、文庫の現場と編集長をすべて歴任。2024年『文芸編集者、作家と闘う』刊行。本作『玄奘が来た 西遊黒記』が小説デビュー作となる。

