ゆっきゅんの毎日今日からちゃんとしたい日記 ☆2026年6月後半★

6月14日
YUHEIさんが隣のベッドに座ってこっちを向いて人魚のような姿勢で話している。何かに似ている、誰かに似ている、最近見た何かだ。思い出したい。思い出せた。話を遮って「YUHEIさん今Madonnaになってる、そのままでいて」と写真を撮った。Madonnaがまもなくリリースする新譜『CONFESSIONS Ⅱ』のジャケットと同じ姿勢でそこにいた。あんた、無意識にMadonnnaになっちゃってるよ。その前に何を話していたか、二人とも忘れた。
韓国の料理は量が多くて食べきれない。コーラも立派な花瓶みたいに大きかった。内装が可愛いしっとりクッキーのお店に行ったらクッキーも大きかった。でも全部美味しい。
アートソンジェセンターで開催されているクィア・アート展「Spectrosynthesis Seoul」をじっくり見ていると、見終わる頃に集中豪雨が来た。古い家屋のようなミュージアムショップからどしゃ降りの雨を吞気に眺める。その横の広場の奥に、誰かの作品なのか、黒とシルバーで出来た、ベッドかピアノくらいの大きさのオブジェがあった。私は「あれがピアノだったらなんか泣けるんだけどね」と思いついて、強い雨に打たれ続けながらそこにいるグランドピアノのことを想像して、現実を歪ませて、なんか泣けると思った。奥浜レイラさんに会えた。なぜか毎日東京のお友達に出会える。
そのあと梨泰院あたりに移動して、リウム美術館で「Inside Other Spaces: Environments by Women Artists, 1956-76」を見て、あといくつかの近くのギャラリーや服屋を見て回った。PDF SEOULというアートブックの本屋にも行き、爆買いした。韓国のバスはよく揺れる。美術館でもお店でもクリアーなオーロラの輝きが韓国にはところどころにあって好きだ。夜は友人に薦められた韓国式しゃぶしゃぶのお店に行って、そこで写真家の須藤絢乃さんと合流した。
駅からホテルに歩いていると、舗装されたアスファルトの道には不自然とも思えるお花畑が現れた。濃いピンクと薄いピンクと薄紫のペチュニアのお花畑。まあ、花壇なんだけど、お花畑と呼びたくなるような大きさ・広さだったのだ。ペチュニアって朝顔に似てる。YUHEIさんと私はしばらくそこに立ち尽くし、互いの写真を撮り、ぼーっと花を眺めた。花の後ろには何の情緒もない広い駐車場があって、その駐車場を取り囲むようにペチュニアの高い花壇がずらーっと設置されていたらしかった。花が咲いているのは嬉しいこと。そのまま、フロントにひまわりの造花が飾られたホテルに戻る。
6月15日
この度の目的だった「ダミアン・ハースト展」に行く。本当は東京都現代美術館学芸員の藪前知子さんも一緒に来るはずだったのだ。だから私がモノマネで連れてくるしかない。美術館に入ると、私に藪前さんが降りてきて、喋り方と内容を真似して館内を二人と回った。二人はダミアン・ハーストとその作品に思い入れがあるらしかったけど、私にはなく、私が韓国まで来たのはただの友情によるものである。私には死生観がない。死ぬことについて若い頃に深く考えた経験とかない。表現者としてそれが数年前までは申し訳なく感じていたような気がするけど、もうどうでもよくなった。死について考えている人は、死について考えて偉くなるつもりで考えているわけではないから。私はその間、何か別の、自分にとって大切なことに向き合っていたのだろう。
焼いた肉でユッケを巻いて食べるという悪魔的な夜ご飯を食べていたら、エッセイの締切があったことを思い出してしまった。食後、私は初めて一人で韓国の電車に乗って(それまではYUHEIの言う通りについていけばよかった)ホテルに戻り、二人がダイソーで爆買いしている間に原稿をなんとか終わらせた。もう23時を過ぎていた。明日の予定は決めていないけど、昼には空港に行かないといけない。
しばらく散歩をして帰ってきたYUHEIさんに「なんか、明日メガネだけ買いたいんですよねー」と言うと、「えー、朝5時まで空いてる仕入れ問屋街が東大門にあるので、今から行きますかー?」と言われた。行くに決まってる、だってコーディネートも1つ余ってる。
24時ごろ、私たちは東大門に到着し、まずnyu nyuというプチプラショップをくまなく見る。服まで置いてるフライングタイガーみたいな感じだった。私はやっと箍が外れたように爆買いした。約束もしていないのにその店でYUHEIさんの日本の友達4人に遭遇したのもすごかった。nyu nyuの下位互換みたいな店も見て、その隣の店の前を通って「まだこういう店あるんですねー」とか言っているとYUHEIさんが「まってー」と言いながらその店に入っていった。さらに、友達二人がいたのだった。ダル着の二人はそれぞれ黄色と緑のjelly bagを持っていた。K-POPガールズグループKiiiKiiiが持っていたことでリバイバルされている、半透明なシリコンぽい素材で出来た、バーキン型のバッグだ。聞いたことがない略し方で、二人は「やっぱジェリバ買うよねー」と言っていた。ジェリバを近くの店で2500円で手に入れた彼らは「ジェリバにつけるキーホルダー探してんのー」「ゴミにつけるゴミ探しにきたんだよねー」「朝6時から北朝鮮行くのにさー何やってんだろー?」と言っていた。もう2時を過ぎていた。
私たちはなぜか二人が教えてくれたジェリバ売り場の道案内を無視して「もっと近くにあるだろう」と地下の売り場をいくつか回ったが、なかなかない。元々そこまで欲しかったわけでもないのに、見つからないと、欲しさの高まりを錯覚する。結局、やはり彼らが買ったのとは違う店でジェリバを見つけて2500円で買った。K-POP由来のひと夏の流行り物は韓国で安く買うに限る。本当に楽しい時間だった。翌朝、絢乃さんには「お二人は、徹夜で買い物をしてたんですね……」と言われた。たしかに。
6月16日
あっという間ではなかったけど、韓国で3泊4日は、体感で2泊3日だった。
6月17日
ラジオに出たのに、まだ旅行中だという噓の雰囲気を、インスタでは出し続けたい。
韓国の真夜中に買ったトートバッグ、タンクトップ、ジップジャケットで出勤。
6月18日
河出書房新社から出す単著に向けて、社屋へ通いカンヅメ開始。朝吹真理子さんも別の階でゲラ作業をしている。どうやら、同じ階で近くに二人を座らせると、喋ってサボって作業が進まなくなるだろうと考えられており、引き離されているようだ。小学生の席替えみたい。
6月19日
河出書房カンヅメののち、『急に具合が悪くなる』初日上映で何度か泣く。
6月20日
自分のYouTubeをきっかけに幼なじみ三人と食事。本当に久しぶりに会った一つ年上の幼なじみとの思い出が蘇る。この人のクラスが文化祭で『WICKED』をやって、私はそれに感動し過ぎて、その文化祭の録音をもらってiPodでずっと聴いていたのだった。小学生の時に『ハチミツとクローバー』を教えてくれたのもこの人だった。高校の頃、『レ・ミゼラブル』を何十回も見ていたなあ。せっかくなのでプリクラも撮った。片岡はプリクラの落書きがいつも迷いがなく上手だったよなと、地元から遠く離れた新宿で思い出す。
6月22日
河出書房の窓のない部屋でカンヅメ。
6月23日
河出書房で作業後、新宿武蔵野館でglobe友達の奥浜レイラさんと韓国映画『君と僕の5分』アフタートークに出演。劇中ではglobeの『DEPARTURES』と『FACES PLACES』が鍵となって韓国の少年二人のラブストーリーが運ばれてゆくのだが、もう一曲使われるとしたら『Precious Memories』だよね、というか脚本でも意識されているはずだよね、などと話した。帰り道、これが浜崎あゆみの楽曲をきっかけにして心を通わせる二人の物語だったとしたらどうだっただろうと一人考える。順当には『A song for ××』と『SEASONS』だろうか。どの曲が選ばれても、文句を言うことになる気がして、呆れる。
6月25日
毎月の楽しみ、渋谷ロフトヘブンでバラ色流星群。上半期の自分とカルチャーを振り返るトークのために今年観た映画や行った場所について振り返ってみるけれども、一番ハマったのは実家時計だと気づく。いま見える景色、この部屋には3つの時計が飾ってある。
アンティークショップのインスタで見た時計が可愛かった。上部にメリーゴーランドの飾りがついたオフホワイトのからくり時計。ああいうのは検索すれば他にもあるのかなと思って「メリーゴーランド 時計」で調べると、代わりにたくさん出てきたのが、自分か他人の実家でしか見たことがないCITIZENやSEIKOの西洋風のからくり時計だった。これを「実家時計」とする。置き時計と掛け時計があり、置き時計にも横幅のあるものと縦長のガラスドーム型のものがあったり、「クォーツ型」という馴染みのない説明が書いてあったりする。アンティークっぽい木製やブラウンのものもあるが、シルバーかゴールドなど、メタリックな素材が使われているものが多い。時計の装飾の要素はだいたい共通していて、西洋やメルヘンや高級さへの夢とあこがれが詰まっている。私は誰かが何かに向かって抱いたあこがれの気持ちが好きなのだ。階段、天使、白鳥、お城、雲、飛行船、月、メリーゴーランド、そんな感じの要素が組み合わさっている。それらの要素がカラフルに表現されず、シルバーならシルバー1色で統一されているのが私にとって最高にかわいい。しかも、みんなうっすら実家のことが好きじゃないからなのか、〜3000円程度で売られている。結婚式の祝い品として贈られることも多かったみたい。40年前くらいの製品が多いかな。状態がいいものが多いのは、時計業者がいい製品を作っているからって理由ももちろんあるし、雑な扱い方をしづらい位置に設置される家具だからなのかもしれない。
CITIZEN、SEIKOあたりの、まだエモくないからくり時計。検索結果を見た時、これだ!と思った。白とシルバーとグレーを基調としてIKEAと韓国家具でできたこの部屋に実家時計が何個も飾ってあったら、その違和感のバランスも含めて超可愛いことが起きる。3つくらいあるとちょうど良さそうだったけど、3つ飾るために3つを買うのは間違っている。なぜ、私が数合わせで実家時計を買わないといけないのか。よくない。だから、可愛くて仕方ないどうしよう!って心に落雷が来たときにだけ買おうって決意して、気がつけば2ヶ月で3つの実家時計を手に入れた。
ここにある実家時計を見つめる。こんなに可愛くて凝ったデザインだけど、大量生産品で、会社員だっただろうデザイナーの名前は知ることができない。作家の作品として残っていないけれど、きっと何人もからくり時計の巨匠がいたはずだ。多くの後進に慕われた、知らない時計じいさん。時計ばあさんもいてほしい。世代交代もあったはずだ。
その時計職人について私が知っていることは一つだけ。葬式で流れる曲が必ず『大きな古時計』であることだ。弔辞でも、「あの日から時計が止まってしまったようです」「先生、私たちは壊れない時計を作ったはずじゃないですか」「あなただけが、私の時計でした」「私が短針で、あなたが長針でした」「私たちの時計は回り続けます」などと、時計に絡めた挨拶が紡がれることだろう。いまは、もう、うごかないー、あのとー、けー、イイ……。
6月26日
作詞をするために夜、喫茶店に行くと、良い坊主が働いていた。それはまあ私にとっても良い坊主ではあったが、とにかく今ここにいない特定の友達にとって良い坊主であることがはっきりわかるような坊主だった。TOMORROW × TOGETHERのヨンジュンを尖らせたみたいな、Balming Tigerにいるって言われたら信じそうな、タトゥーが似合う感じの、人相あんま良くない可愛い後輩。日本映画で言えば『青い春』『キッズ・リターン』『スクラップ・ヘブン』『9souls』『GO』的な、Y2Kはぐれ若者映画に出てそうな坊主がアイスココアを運んでくれた。今挙げた映画の半分しか観ていないのに友達にそう説明した。
制服をただ着ているだけだったけど、その坊主はたぶんファッション好きなんじゃないかと思った。高校時代はきっと微ヤンキー的な善性の低いグループにいただろう。ヤンキーっていうか友達がヤンキーで、その中の無口モテ。坊主が自分の靴をちゃんと選んで履いていることに気づいている人がいるのだ。学校から遠い図書館で、私服の坊主がファッション誌を読んでいるところにその人は遭遇してしまう。来年からも地元で働くのが当たり前の同級生たちに紛れて、何にも言わずにつるんでいたけど。「来年からどこ行くの」「あー俺、東京の専門」。ってことなんだろう。そんなとき、どんな顔をしたらいいんだろう。高校の時に読んだ小説家は、村上龍でしょうか!? 作詞は進まなかった。
6月27日
イラストレーターの須藤はる奈さんと閉幕間近の仲條正義展「うたう仲條 おどる仲條 ―文字と画と、資生堂と」を観に、銀座の資生堂ギャラリーへ行く。資生堂企業資料館も、資生堂アートハウスも、今年横浜にオープンしたShiseido Art & Science Labにも行ったのに、最も行きやすいはずの銀座・資生堂ギャラリーに行ったのは初めてだった。資生堂のデザインやアートディレクションを長年に亘って手がけていたグラフィックデザイナー・仲條さんの展示。私には、いつだってかっこいい企業誌『花椿』のデザイナーのイメージが強い。
今回展示されて初めて知った製品に、「TACTICS」というシリーズがあった。1978年に男性用化粧品のブランドとして誕生することになり、そのアートディレクションを中條さんが担当した。らしいのだが、展示されていたのは化粧品(コロンやヘアトニック)だけではなく、10種類もの腕時計、置き時計、フェイスタオル、灰皿、種類の豊富なポスターがある。黒とシルバーと緑。全部かわいい。こんなにたくさんのものを作れと頼まれてないんじゃないかと思う。楽しくなっちゃって作っちゃった感があって、私は商業的な製品の中にそういった「楽しい」「嬉しい」「止まらねえ」みたいなエネルギーを目にすると惹かれてしまう。はじめて腕時計が欲しいと思ったけど、フリマアプリではやはり、高め。
見上げれば、そこに一人、2003年の伊東美咲がいる。「ピエヌ」の広告のポスターの中の伊東美咲。「Bloomin’!」と書かれているから、Tommy february⁶の『Bloomin’!』がCMソングだったときのものだ。あの水色のアイシャドウが私にとっての伊東美咲である。
4年前、Y2Kって言葉がどんぶらことやってきた頃。ファーストワンマンのための衣装を作ってもらう時、色をどうするか考えていたとき、「伊東美咲みたいな水色で」とお願いした。ワンマンライブのヘアメイクも、『遅刻』Music Videoのヘアメイクも、「伊東美咲みたいな水色で」と頼めば、完璧に再現してくれた。私の早くて弱いリバイバルパワーでは流行んなかった(結局水色のアイシャドウは去年流行った)伊東美咲の瞼だけれども、あれ「ピエヌ」やりたかったんですよってひとこと言えば、5歳以上年上の女性にはみんなニュアンスが伝わったのだった。あたしたちの手作りの伊東美咲だった。
そのあとドーバーマーケットに行ったらセール初日で、夏服をあんまり買っていないのをいいことに、kolorのパンツを買った。私のライブ制作をお願いしているミッツィー申し訳さんに遭遇して、はる奈さんとミッツィーさんと私という不思議な3名で上の階のカフェでお茶もした。みんなまあまあ楽しそうで、友情か? 買えるわけがないmiu miuでなぜか店員がやさしく何着も我々に試着させてくれてなんか笑った。miu miuとかになると値札がついていないことを知った。そのあと、ミッツィーさんに連れられて表参道のChristopher Nemethに行き、シャツを2着買った。ミッツィーさんは私が試着して買うことにしたシャツが可愛いのを諦めきれずに色違いのシャツを購入して、演者と制作がイロチのオソロになった。友情か?
6月29日
美輪明宏は死んでいない……300歳で再び目を覚ます……
6月30日
ていうか俺はTikTokとかを頑張ればいいのに、ヴァージニア・ウルフが読みたいとか、葉山の美術館に行きたいとか、そんなんばっかり考えて本当のバカである。お前がなんかの展示を見たらファンが増えるのかよと思う。このように時々、己に対して辛辣になる。そんな自分ともうまくやっていくしかない。
(次回は9月10日に公開予定です)
DIVA・作詞家 1995年岡山県生まれ。青山学院大学大学院文学研究科比較芸術学専攻修了。2016年、ルアンとのサントラ系アヴァンポップユニット「電影と少年CQ」を結成。2021年よりセルフプロデュースでのソロ活動「DIVA Project」を本格始動。アーティストとして楽曲を発表するほか、作詞提供、コラムや映画評の執筆など活躍の幅を広げている。アルバムに『DIVA YOU』『生まれ変わらないあなたを』、最新EPは『こんな半日を宝石にして』、最新シングルは『WALK』。文化放送「武田砂鉄 ラジオマガジン」水曜後半レギュラー。
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