ゆっきゅんの毎日今日からちゃんとしたい日記 ☆2026年5月前半★

5月1日
ネトフリを解約する記念に『地獄に堕ちるわよ』を流し見しながら荷解き。この作品に限らず、「社会の闇」や「裏社会」とされるものを描くことによって、普段知ることができないこっちが人間の実態であり「リアル」だと言ってくるような作品が、私は普通に嫌いである。そもそも、世界は表と裏の二つに分けられるものでもない。善悪をわりきれないものばかりではないかもしれないけど。はあ、視聴者の知性はいつも舐められていると感じる。どうか、受け取り手を信じる方向で作れないものか。まあ、ネトフリ様に言うことではないかとも思う。
とはいえ見どころが全くなかったといえば噓で、チョイ役だけどお金持ちの結婚相手の母親として登場した余貴美子さんのいる画面はよかった。映画でいえば、『嫌われ松子の一生』だと思って見始めたのに余貴美子が出てきた瞬間『来る』になった感じだった。余貴美子さんは『シン・ゴジラ』でも小池百合子を模した下アイラインを引いていて、効果的だったが、なぜか今回もアイラインで目を囲んでいるのが特徴的で、特に下瞼のラインが目立つ。さらに眉をコンシーラーで消されていて、余貴美子さんは『シン・ゴジラ』でメイク演技の味を占めたのかもしれない。あとセーターブック顔である中島歩さんの古めな顔がやっと生かされた配役って感じもした。
新生活Day4。友達が来てくれて家具の組み立てを手伝ってくれた。K-POPのYouTubeを流しながら、大きな本棚を三つ組み立てて、引っ越し時に解体されたIKEAのベッドを組み立て直し、部屋のほとんどの床を覆うシャギーラグを設置した。助かった。私が上京するときに父親に「これを持って行きなさい」と渡されたのは工具のセットだった。当たり前のこととして受け入れていたけど、他の家庭はそうではないっぽい。
5月2日
横浜のバラ園の奥の奥の橋を渡った奥の方にある、神奈川近代文学館に特別展「生誕130年 吉屋信子展 シスターフッドの源流」を見に行く。私は学生時代の研究で「少女」の表象について資料を読む必要があったから、吉屋信子の小説をまだ読んだことがないのに、吉屋信子が文学史や少女文化史のなかでどれほど意義深い存在だったかだけはわかっていた。女学校の少女同士の「エス」という曖昧な関係性を小説で書いていた人……少女雑誌の投稿欄出身で、代表作は『花物語』で……くらいの認識。その程度の知識でここまで来たのは、今日嶽本野ばらさんが展覧会の関連イベントとして吉屋信子についての講演会を行うからだった。野ばら友達と2月くらいにチケットを購入して向かっていたら、別の友達も聞きに来ていた。その妹は吉屋信子作品で卒論を書いたのだという。かっこいい。
100分間の講演中、多くの発言に色々な留保をつけて語られていたので、他人がサクッとまとめてしまうのはごめんって感じでもあるんだけど、信子オタクの野ばらさんは、吉屋信子のセクシュアリティをレズビアンとは断定しない派らしい。門馬千代というパートナーと50年間、死ぬまで添い遂げたのは事実だけど、信子は恋愛にのめり込むタイプでもなかったと思うし、性欲もそんなになかったと思うとか言っていた。レズビアンではない人が添い遂げた解釈の方が百合としては泣ける、ということなのだろう。野ばらさんは信じたい真実を守る人だなと思う。まあ、それは前段であって、このあとからが野ばらさんの力説したいことだった。
吉屋信子が描いたのは、「友情はたしかに脆いかもしれない、でもやっぱり仲良しが一番いいよね」ってことなのだと。正直、文学の主題として「仲良し」は「友情」よりも弱い。だから文学として正当な評価を受けないかもしれない。それでもいいんです、仲良しってことが大事なんですと語っていた。これが100分間にわたって話を続けた野ばらさんの結論だったのがすごかった。あと実際、評論家の小林秀雄は吉屋信子の作品を批判していたらしい。やはり小林秀雄が嫌った芸術は私にとって価値のあるものばかりで、逆に指標になってくれるジジイである。
そのあと最後に、展覧会でも最後に展示してある、吉屋信子から千代への遺言を抜粋して読み上げた。「千代子さん あなたの献身と厚い友情によって 私は幸福な作家生活を愉しく送れました(略)」。撮影禁止だったのでメモしてきたらしい言葉を音読しながら、野ばらさんは、言葉に詰まり、涙を流した。思いが溢れているのが伝わった。
なんとか読み終えてから、「信子と千代が50年続いたのは、それがレズビアンの関係だったとしても、二人を支えたのは、「仲良し」ってことだったんだと思うんです」と言った。なんか私も泣いてしまう。50年添い遂げてんだから仲良しなのは当たり前なのに、「仲良し」って言葉に初めて出会ったみたいに、私たちは感動していた。野ばらさんは小説デビュー作の「ミシン」と「世界の終わりという名の雑貨店」の両方で「仲良し」って言葉を使ってて、ああ自分って変わらないな、「仲良し」が好きなんだって再認識したらしい。
やばすぎるよ。だって、野ばらちゃんは1冊目のエッセイ集『それいぬ 正しい乙女になるために』で乙女は「お友達なんていらない。」って書いてこの世に出てきた人だよ。それでいて代表作が『下妻物語』(ロリータファッションの少女と暴走族のヤンキー少女の友情を描いた最高傑作)なの、意味わかる?って話なんだよ。
そこにいた人々はみんな、野ばらちゃんの言う「仲良し」って言葉が、サンリオ的な「みんな仲良く」ではないことを瞬時に理解した。いや、サンリオ的な「みんな仲良く」も大好きだが、野ばらちゃんがここで言った「仲良し」、そして何度も小説で描いてきた「仲良し」は博愛の精神でもなければ人間関係をうまくやる心がけでもないはずだ。
友達なんていらない。友情なんて知らない。でも、あなたとだけは、永遠に仲良し。
これが野ばらちゃんの表現してきた「仲良し」に違いないだろう、そう伝わってくるから、なんか泣けた。そうだね、誰かとずっと友達でいることは、もしかしたら出来るのかもしれないね。でも、誰かとずっと仲良しでいることは、それよりも遥かに難しいことだ。ああ、私たちが当たり前に親しんできた言葉である「友達」、その内容は「仲良し」だったのだ!
「仲良し」について考えたことなんてなかったな。野ばらさんの作品を「仲良し」をキーワードに読み解く論考なんて、『ユリイカ』にもなかったし、今日まで与えられなかった視点だった。でも野ばらさんはフリマアプリのメッセージで育まれる女同士の友情とかいうありえないテーマの最高な短編小説も書いていたし、実はずっとそうなんだよね。人が「仲良し」であることはどうしてこんなに素晴らしいのだろう。文学館の帰り道は港の見える丘公園、降りても降りてもバラが咲き誇る満開の時期だった。だけどバラが綺麗に咲いていることよりも、人と人が仲良しなことの方が素晴らしいと思えて、今日は満開のバラにすら感動しなかった。
野ばらさんのことを改めて尊敬し直す時間だった。私は今のところ美文志向にはなれないし、エッセイで生き方の掟を教えてくれるようなものにはむしろ抗っている姿勢があるし、近代文学の教養もレトリックの技術も何もないけど、普通に、感性の部分が野ばらさんのフォロワーで、泣けると思うポイントが近くて、だから好きだったんだと改めて気づいた。
5月3日
先月、あまり連絡を取ることもない友人からDMが来ていて、K-POPのアイドルにゆっきゅんに似てる人がいるよってメッセージだった。画像と、この人のロールモデルゆっきゅんだと思うとも添えられていた。そんなわけない笑、と思いつつも顔はたしかに似ていて、その子のどの写真を見てもイケメンだった。だから私は、自分も努力次第でイケメンとして人前に出ることも可能なのかもしれない。そう素直に思いましたので、ステージ上ではちゃんとかっこつけていこうって決意したのが最近。今日はコンビニライブなので爆イケコンビニ店員になろうと思ってヘアセットをしてもらって、人生初の「メンズメイク」をやるかと思った。メンズメイクは(なんの動画も参考にしてないけど)、いつものステージメイクの要素を少しずつ薄くしていけば完成する。
コンビニライブは毎年楽しい。休日だったからか、あらゆる都道府県からファンの人が来てくれた。やっぱ土日だよなあ。人数制限で倍率が大変なことになってしまうのでFINALと銘打ってしまったけど、なんらかの方法で来年からもやれたらいいなあ。
5月5日
Chara+YUKIのライブを有明ガーデンシアターで見るために、遠方から友達がきた。昼は合羽橋の道具街に行こうって話になっていた。
前の部屋のキッチンはドレッサーだった。IHの上に電子レンジを置き、その上に大量のコスメを置き、奥の壁にはダイソーで買った大きめの鏡を設置していた。そこでドライヤーをして、ヘアアイロンをして、ズボラなメイクをした。今の部屋には二口コンロがあり、スペースも狭くない。31歳になったら自炊がしたいと思う。じゃあ今すぐやれと言われてもそれは無理。だけど、だから、今日は可愛い食器を買いに行く。ほんとはシルバーで揃えたいけどそれじゃ熱に耐えられないから、『ハチミツとクローバー』のアニメ一期(見てない)のオープニング映像に出てきそうな皿なら白でもありとする。
合羽橋に着いて友人と合流した。8割の店が閉まっている。日曜はこうらしい。わざわざ行った場所が開いてない。もはや安心感を得る、相変わらずの自分っぷりである。残り2割の店を回るだけでも十分楽しかったけど8割の店に欲しいものがあるかもしれないと思うと私は食器を一つも買えなかった。
リサイクルショップで爺さん二人が座って喋っていた。カウンターの中にいるのがオーナーで、片方は常連客だろう。古びたかわいいオルゴールがあって、クラシックが流れ出すつもりでネジを回してみると『千の風になって』が流れた。なんだ、平成女児か。女児とは限らないか。サングラスを買おうとしたら常連客だと思っていた爺さんが値引きと会計をしてくれた。この店では、勘違いばかりした。
Chara+YUKIは最高だった。私は2020年にこの二人のライブチケットを取っていたが、コロナで延期になった。そのライブだけではなくこの世のイベントの何もかもが中止や延期になっていた時期で、みんなが残念で仕方なさそうな悔しいコメントを発表するなかで二人はあたたかく元気なコメントを出していて、かっこよかった。YUKIさんが去年の夏にCharaさんに電話をして決まった二日間のライブらしい。ありがとう。
今思い出したけど、あの春のコロナ関連コメントで私が一番感動したのはティンカーベル初野さんがイベント中止の告知で【最悪なお知らせ】とツイートの一番上に書いていたやつ。
5月6日
ラブドラゴンズのリハ。スタジオに入ると、君島くんが前に使っていたオーディオインターフェースをくれた。価値を知らずにただ喜んでいると「それすごくいいやつですよ!」と周囲の者達にご指摘いただいた。宅録人生が始まるのかもしれない。全員で楽しくリハを終えた。私の音楽のためにそれぞれの人たちが最善の工夫をしてくれることが本当に嬉しい。
帰宅して夜中になって、友達が引っ越し祝いに買ってくれたシャンデリアを組み立てる。シルバーの骨組みにビジューのチェーンを取り付けてぶら下げていく作業に意外と時間がかかって、身長ギリギリで天井に設置するのを含めて3時間くらい経っていた。こんなに時間がかかるのはネイルのせいでもあることに、作業が終わるまで気づかなかったのが幸福だった。
片付いている。俺の部屋がこんなに可愛いわけがない。2泊したときのビジホよりも綺麗なこの部屋。変わってしまったか。洗濯機の中みたいな場所にいたのにな。本・雑誌・パンフレット類のダンボール18箱は反省部屋に収められていて、まだ本棚には並んでいない。本棚に本が並んでいると、読んでいない本がはやく読めと私の心を責めてくる。だから今の心は落ち着いているのかもしれない。じゃあ本棚に本を並べないまま生きていけば平穏に暮らせるのでしょうか?
5月8日
新曲を納品した。提出用のエクセルデータを入力する歌姫。プレスリリースを自分で書く作詞家。HDMI接続のできる芸能人。歯医者の予約を忘れてた31歳目前。
5月9日
声が出ない。声だけが出ない。すぐDIVA病院に行って点滴を打ってもらったけど、点滴の針が刺さらず4回やられて、私には血管がないのだろうか。昼に家で寝れば治ると思い込んでいたけど、寝て起きても全く声が出ず、今夜のライブ出演をキャンセルすることにした。申し訳ない。ライブに出れないのが悔しくて、深夜に本の段ボールを18箱開いて本棚に並べた。この部屋には大切なものしか持ってきていない。物件だった空間が、お部屋になってきた。
5月10日
globeの『DEPARTURES』と『FACES PLACES』によって少年二人が心を通わせる韓国映画『君と僕の5分』をオンライン試写で観た。あまり他人事とは思えない作品だった。自分にとっての本当の音楽は、過ごしやすくもない季節に乗り物のノイズと共に聴いたJ-POPと、ひとり夜中のワンルームでスピーカーを繫ぐ気力もないままiPhone内蔵スピーカーから流した歌声なんだよね。好きな1曲を繰り返し聴いた。そこに噓つかずにやっていく。
5月12日
月曜から悪化した謎風邪。外に出る予定はいくつもキャンセルしてもらっているが、原稿の締め切りは今週三つもある。告知もあるしリリースもある。夜に告知をしたら下がりかけていた熱が高熱に戻った。やはりアーティストにとって告知は緊張、危険、切迫、焦燥、発熱、心配、猛毒。みんな平気な顔をして、一生懸命、告知をしている。本当におやすみなさい。
5月13日
『こんな半日を宝石にして』リリース日。
5月15日
この数日間は寝ているしかできず、寝ているだけもできず、ひたすら映画を再生していた。『天才画家ダリ 愛と激情の青春』という映画を漫然と観ていたら、ダリといい感じになった相手が船から夜の海に二人で飛び込んでスローモーションになるシーンがあって、私の目が3分間だけ急に集中させられた。二人にとって(片方だけだと私がつらすぎるので二人にとってであれ)永遠となる瞬間。一生覚えている一瞬。せつない。こんな半日を宝石にして、っていうEPのタイトルは『lucky cat』って曲の歌詞から取ってきた。宝石になるだけならば幸せなことで、「こんな半日を宝石にして 思い出しては生きる それでいいのか」と厳しく自分に問いかける姿勢がシビアな主人公の歌だなと思う。中島みゆきの『思い出だけではつらすぎる』の英題が『Kiss Old Memories Goodbye』なのは切なすぎる。
(次回は7月23日に公開予定です)
DIVA・作詞家 1995年岡山県生まれ。青山学院大学大学院文学研究科比較芸術学専攻修了。2016年、ルアンとのサントラ系アヴァンポップユニット「電影と少年CQ」を結成。2021年よりセルフプロデュースでのソロ活動「DIVA Project」を本格始動。アーティストとして楽曲を発表するほか、作詞提供、コラムや映画評の執筆など活躍の幅を広げている。アルバムに『DIVA YOU』『生まれ変わらないあなたを』、最新EPは『こんな半日を宝石にして』、最新シングルは『WALK』。文化放送「武田砂鉄 ラジオマガジン」水曜後半レギュラー。
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