青柳碧人さん『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』
ミステリーで「世界を作る」
日本の昔話を基にしたミステリー短編集『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は各種ミステリーランキングで軒並みベスト10入りし本屋大賞にも初ノミネートされた。その記念碑的シリーズの第二弾とも言える『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』は西洋童話を基にした連作ミステリーだ。
昔話に登場する人たちはいい人ばっかりじゃない
作風の幅を広げるためのチャレンジで書いた一作が、その後の道のりを決定づけることがある。塾講師時代の二〇〇九年にデビューした青柳碧人にとっては、『むかしむかしあるところに、死体がありました。』の四編目に収録されている短編「密室龍宮城」がそうだった。
「デビュー作は青春小説っぽいテイストの作品だったんですが、歳を取れば若い頃の気持ちもわからなくなってくるし、作家を長く続けるならそればっかり書いているわけにはいかない。ミステリーだったら一生書いていけるんじゃないかなぁとデビュー二年目ぐらいに思い始めて、〝ミステリーの花形といえば密室だろう!〟という発想から『密室龍宮城』のトリックを作り、ストックしていたんです」
ただ、実際の執筆までは、約七年の月日がかかった。
「海の底という異世界を描けるのも面白そうだなと思ったし、なおかつ龍宮城でなければ成立しない密室トリックじゃないですか。誰も読んだことのない小説ができあがるんだろうな、という予感がありました。でも、なかなか書かせてもらえるチャンスがなかった(苦笑)。
二〇一七年に『小説推理』でようやく書かせてもらったところ、日本の昔話をミステリーにする趣向で揃えて一冊にまとめましょう、とトントン拍子で決まっていったんです」
全五編はいずれも、基となる昔話のほんわかした世界観を活かしながら、残酷な殺人事件が起こるミステリーへと大きく飛躍していく。
言い換えれば、ブラックユーモアが効いている。
「一寸法師の打ち出の小槌や花咲か爺さんの灰など、〝そのアイテムがなかったらできないトリック〟を毎回探していきました。死体が出てくる以上は犯人がいるわけで、動機も必要になってくる。〝そうは見えなかった人が悪かった〟という意外性で驚いてもらえている印象があるんですが、もともと昔話に登場する人たちって、性格がいい人ばっかりじゃないと思うんですよ。例えば〝正直じいさん〟ってよく出てきますけど、本当に正直なじいさんって嫌われると思うんです。〝あのばあさん、太っとるのぉ〟みたいなことをすぐ言っちゃうわけでしょう? 性格、悪いでしょう(笑)。この本は関西地方で最初に火がついて全国に広がっていったんですが、ブラックな部分というか〝けったい〟な世界観が、西のお笑いのセンスと相性が良かったのかもしれません」
ベストセラーとなった本書で青柳碧人は一躍、発想は〝けったい〟ながらもロジックは極めてフェアで端正な、本格ミステリー作家として注目を集めることとなった。
最新作『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』は、西洋童話を基にした全四編収録のミステリーだ。基本は一話完結ながらも、今回は全編通じて「名探偵」の役を担う人物が登場する。ごぞんじ、赤ずきんだ。
ガラスの靴だけが元に戻らないのは何故だ?
「〝西洋編をやりましょう〟と編集者からお声がけいただいて二つ返事で引き受けたものの、アイデアのストックはゼロでした(苦笑)。最初に決めたのは、今回は一人の主人公を立てて、事件を解決しながらヨーロッパ中を旅していくという構成です。主人公には決め台詞があったほうがいいだろうと考えた時に、パッと思い浮かんだのが、赤ずきんがおばあさんに化けた狼に投げかける一連の台詞でした。それをアレンジして、〝あなたの犯罪計画は、どうしてそんなに杜撰なの?〟と」
第一話では、シンデレラに白羽の矢を立てた。継母と姉たちにイジめられ、お城の舞踏会へ行くためのドレスを持たないシンデレラが、魔女の魔法できらびやかな姿に変身し……という誰もが知る顛末に、赤ずきんもたまたま居合わせる。二人で仲良くかぼちゃの馬車に乗りお城へ向かっていたところ、男が突然飛び出してきて、馬車に引かれて死亡してしまう。頭を抱える赤ずきんに対し、シンデレラは冷静な口調で〝引き逃げ〟を提言する。あまりにもショッキングな書き出しだが、本当の「事件」は別の時間軸で起こっていた──。
「童話ならではのアイテムの特殊性を使ったミステリー、という方針は『むかしむかし〜』と一緒です。まず、かぼちゃの馬車は、夜一二時を過ぎたらかぼちゃに戻ってしまいます。童話の世界は魔法の世界でもあるから、魔法が解けると殺人の証拠が消えてしまう、という設定は使えるぞと思いました。逆にガラスの靴に関しては、昔から〝どうして夜一二時を過ぎても元に戻らないんだろう?〟とずっと疑問に思っていたんですよ。その疑問を解消する設定であったり、ガラスの靴を足にはめるシチュエーションの演出を考えていくうちに、メインのトリックに当たるアイデアが出てきました」
第二話は密室状態だったお菓子の家の中で、魔女の死体が発見される。犯人はヘンゼルとグレーテルの兄妹であることが冒頭で明かされ、赤ずきんの推理によって追い詰められていく心理を綴る、いわゆる倒叙形式のミステリーだ。第三話では「眠れる森の美女」を題材に選んでいる。
「第三話は今回の本で唯一、トリック先行型でした。このトリックは多分みんなが驚くだろうという確固たる自信があったぶん、途中はいっぱい遊びを入れましたね。例えば、キャラクターが突然歌い出して、歌詞でお姫様の悲劇的な運命を説明する。ドイツの深い森の中に眠っていた秘密が、外部からの闖入者によって暴かれる……という展開を、重厚なオペラのイメージで描いてみたかったんですが、何も本当に歌わせることはないですよね(笑)」
悪役を掘り下げることで人間の〝寂しさ〟を書く
実は第一話の段階から、赤ずきんの旅の目的地はシュペンハーゲンであることが明かされていた。それは、何故? 理由が判明するのは、第三話の結末部だ。最終第四話に至り、ついに赤ずきん自身の物語が語られ始める。
「第一話を書いた段階で、最後の敵はマッチ売りの少女にしようと決めていました。マッチ売りの少女を悪い奴にして、赤ずきんに成敗させようと思ったんです」
西洋童話にはさまざまな登場人物が存在するが……マッチ売りの少女は一番「悪い奴」にしてはいけない存在ではないのか!?
「だから面白いかな、と思っちゃいましたね。それに、昔からこのタイトルがずっと気になっていたんですよ。アンデルセンの童話では、ヒロインが手売りするマッチは実際のところ、街でぜんぜん売れてないじゃないですか。自分としてはタイトルの字面を愚直に受け取って、マッチをバリバリ売りまくる少女の話が書いてみたかった(笑)。〈エレンはわずか十三歳にして、正真正銘、シュペンハーゲンでいちばんの「マッチ売りの少女」になったのでした〉という一文が、この本の中で一番好きな文章ですね」
序盤に現れるその一文を契機に、マッチ売りの少女エレンはダークサイドへと堕ちていく。赤ずきんは、彼女の策謀にハマってしまうが……。
「できるだけ大きなトリックで、赤ずきんが大逆転する展開がいいなと考えた結果、密室と並ぶもう一つのミステリーの花形トリックでいこうと決めました」
まさに驚天動地の大仕掛けだ。ただ、もしかしたらその先に訪れる感情の方が、驚きは大きいかもしれない。
「元から悪い人間なのではなくて、そうならざるを得ない過去があったうえで、悪になる。そういう描き方がきちんとできていれば、単に主人公が敵をやっつけて良かったね、では終わらないだろうと思ったんです。『マッチ売りの少女』の結末とも似ているようでちょっと違う、人間という存在の〝寂しさ〟を描けたんじゃないかなと思っています」
現在は『むかしむかしあるところに、死体がありました。』の続編となる連作を、小説誌で連載中だ。そちらが一冊にまとまった後は、なんと『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』の続編──赤ずきんの次なる旅を描く構想があると言う。
「小説を書くというよりも、〝世界を作る〟という感覚でやっていきたいなと思っています。その世界に触れることで、読んだ人が自分の中に何か新しいアイデアを得られるような作品を、一つでも多く送り出していきたいんです」
赤ずきんが旅の途上、難事件に遭遇し、「名探偵」として解決していく。各章は「眠れる森の美女」などの童話をモチーフとするが、大胆な改編のもと現代への皮肉が随所に込められている。一話完結だが、全編通した仕掛けも施され一気読み必至。
青柳碧人(あおやぎ・あいと)
1980年、千葉県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。早稲田大学クイズ研究会OB。2009年、「浜村渚の計算ノート」で「講談社 Birth」小説部門を受賞し、デビュー。主な著書に「朧目市役所妖怪課」「西川麻子は地理が好き。」「猫河原家の人びと」シリーズなど。『むかしむかしあるところに、死体がありました。』で2020年の本屋大賞にノミネート。
(文・取材/吉田大助 撮影/藤岡雅樹)
〈「STORY BOX」2020年11月号掲載〉