『犬がいた季節』伊吹有喜/著▷「2021年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
明日への希望をこめて
『犬がいた季節』は、著者である伊吹有喜さんの母校、三重県立四日市高校を舞台に描かれた青春小説です。実際に高校で生活していた犬をモデルに、その視点を交えながら18歳の迷いや決断、友情や恋などを瑞々しく綴っています。背景となる時代は昭和の終わりから平成の12年間と、時は流れて令和の始まりまで。第1話の女子高生は手紙で気持ちを伝えていますが、最終話の高校生が手にしているのはスマホです。そんなふうに移ろう時代にあって、それでも変わらない青春の普遍性を描いているのが、この作品の最大の読みどころです。
時の流れという点で今この作品を振り返ってみると、図らずもコロナウイルスの変遷とあわせて考えずにはいられません。
まだコロナの影など微塵もなかった2019年6月、四日市高校の創立120周年記念式典で伊吹さんが講演されることになり、私もお邪魔しました。式典後の祝賀会では、作品に登場する美術教師のモデルとなった先生が、伊吹さんの肩に手をやりながら応援してくださったのを覚えています。賑やかな立食パーティーで、皆さん、食事と会話をそのときはもちろん何の気兼ねもなく楽しんでらっしゃいました。伊吹さんのサイン会では、和やかに握手や写真撮影も。
その7ヶ月後の2020年1月、四日市や鈴鹿サーキットの追加取材をすることになりました。待ち合わせの東京駅でお互いに出た言葉は「一応マスクしてきましたよね」というもの。取材はいずれもマスクなしで、名古屋の河合塾美術研究所では生徒さんの創作風景を見学し、オイルの匂いや、キャンバスに木炭を走らせる音を間近に感じることができました。その日、たまたま乗ったタクシーの運転手の方が名古屋でもライブハウスの多い今池のバンド事情に詳しく、そのお話を基に、伊吹さんが作品に出てくるバンドにリアルな肉づけをしてくださいました。
さらにその10ヶ月後の11月、四日市市の全面協力のもと、四日市高校の在校生と伊吹さんのトークイベントを開催。三重県でも感染が増えつつありましたので、厳戒態勢で臨みました。そんななかでも、伊吹さんと高校生には温かな交流が生まれました。
その他、エピソードはご紹介しきれないのですが、まるで禍をかいくぐるかのようにして、たくさんのご縁に恵まれてきました。そうしたものを引きつける強い磁力が、この作品にはあるのだと思います。
伊吹さんはよくおっしゃっています。『犬がいた季節』は、いつの世も変わらぬ「希望」を描いた物語だと。不安の尽きない日々ではありますが、本書をお読みくださったお一人お一人の胸に、どうか明日への希望のひと筋が射しこみますように。
伊吹有喜さんのインタビュー動画、「『犬がいた季節』を書いて」もあわせてご覧ください。
──双葉社 文芸出版部 反町有里
2021年本屋大賞ノミネート
『犬がいた季節』
著/伊吹有喜
双葉社
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