『推し、燃ゆ』宇佐見りん/著▷「2021年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
21歳、強靭なままならなさを書く
「あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな」
『推し、燃ゆ』がどんな人を描いた物語なのか、端的に表しているのが本文中のこの文章だと思います。学校でも家でもバイト先でもうまくいかないことだらけの高校生あかり。推しを全力で推すことによって、マイナスだらけの生活がなんとかゼロにまで引き上げられ、そのゼロの上を重い肉体を引きずって歩いている。誰かや何かを推したことがある人ならもちろん、「推しって何?」という人でも、大切な存在を心の支えにして困難を乗り切れたという経験ならば覚えがあるのではないでしょうか。立場や世代の違いを超えて読まれていくことを願うばかりです。
初めて本作の原稿を読んだときに驚いたのは、「この人の〝ままならなさ〟の表現の、この多彩さは一体なんだ。そしてなんて厳密で強靭なんだ」ということでした。特殊な家庭内方言の語りで母娘の葛藤を描いた前作『かか』とはまったく違う文体であるのに、その部分は共通した迫力がありました。宇佐見さんがこの先、3作、4作と重ねていけば「宇佐見りんがままならなさを書く作家だなんて当たり前だろう」となるかもしれませんが、2作目のファーストインパクトとしては頬を打たれるようでした。
『かか』で文藝賞を受賞しデビュー、同作が第33回三島由紀夫賞受賞、『推し、燃ゆ』が第164回芥川龍之介賞を受賞、本屋大賞ノミネートと、たった1年半の間に様々なことが起きましたが、宇佐見さんご本人はいつも落ち着いていて、次に書く作品を見つめています。先日インタビューで「小説を書く上で心がけていることは」という質問を受け、よく考えてから「嘘を書かないこと。自分を守らないことです」とこたえるのを聞いて、畏怖としかいいようのない念が浮かびました。宇佐見さんと私は同じ卯年で一まわり年齢が離れているのですが、彼女が80歳になったときに何を書くのか絶対に読みたいので、92歳を目標に健康第一で暮らし始めたこの頃です。
宇佐見さんに初めて会った日は、大学の授業が終わった夜に新国立競技場そばにある弊社に来ていただきました。話を終え、会議室の机を挟んで座ったまま「これからよろしくお願いします」とお互いに頭を下げた瞬間、窓の外で神宮球場の花火がパーン、と上がりました。なぜか照れ笑いのようなものをし合いながら、『かか』の作者に会えた嬉しさでいっぱいだった私は、「運命や……」と思ったことを覚えています。何の運命かとかは何もわかりませんでしたが、ずっと忘れない2019年の夏の日です。
──河出書房新社 「文藝」編集部 矢島 緑
2021年本屋大賞ノミネート
『推し、燃ゆ』
著/宇佐見りん
河出書房新社
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