「推してけ! 推してけ!」第10回 ◆『シンデレラ城の殺人』(紺野天龍・著)

「推してけ! 推してけ!」第10回 ◆『シンデレラ城の殺人』(紺野天龍・著)

評者・千街晶之 
(ミステリ評論家)

ああ言えばこう言うシンデレラの法廷推理戦術


 近年、パラレルワールドを舞台にしたり、幽霊やゾンビなどの実在を謎解きの前提にしたり……といったタイプのミステリが「特殊設定ミステリ」と呼ばれている。二○一八年に『ゼロの戦術師』でデビューし、科学の代わりに錬金術が文明を形成している架空世界を舞台にした『錬金術師の密室』で初の本格ミステリに挑戦した紺野天龍も、この路線の有力な新人作家のひとりである。

 特殊設定ミステリにおいては、架空の世界や特殊なルールの説明にどうしても紙幅を割く必要があるため、書き方によってはやや冗長になりがちな場合もあるけれども、既存の有名な昔話や童話の世界を借用すると、読者に世界観を一から説明する必要が省けるというメリットが生じる。青柳碧人の昔話ミステリ『むかしむかしあるところに、死体がありました。』がヒット作となったのも、ひとつにはそのあたりが理由と言えそうだ。

 紺野天龍の異世界ミステリとしては『錬金術師の密室』『錬金術師の消失』に続く三作目となる新作『シンデレラ城の殺人』も、タイトルから窺える通り、誰もが知る童話「シンデレラ」の世界を舞台としている。だが、読みはじめてすぐ気づくように、登場人物の性格設定は原典とずいぶん異なる。シンデレラは、血のつながらない母や二人の姉のお小言もなんのその、いろいろ屁理屈をつけては言い返す。といっても家族の仲が険悪というわけではなく、そういったやりとりが日常のルーティンになっている様子だ。

 そんなシンデレラが、妙に押しつけがましい魔法使いと出会ったことで、イルシオン王国のお城で催される舞踏会へ、ガラスの靴とカボチャの馬車で向かうことに。しかし到着してみると、長姉は常軌を逸した大食いぶりを披露して衆目を集め、それを見た母は飲めない酒を呷って卒倒……という体たらく。シンデレラは王国の第一王子であるオリバーに見初められたが、そのあと、自室に入っていった彼は五分ほど経っても出てこない。訝しく思ったシンデレラが室内に入ると、そこには血を流した死体が──。そして、シンデレラはあろうことかオリバー王子殺害の現行犯として拘束されてしまう。

 当然、無実を証明するためにシンデレラは真犯人を見つけ出さなくてはならなくなるのだが、このあたりの展開は『錬金術師の密室』の、テレサ・パラケルススが殺人の嫌疑をかけられ、処刑までのタイムリミットつきの状態で謎解きに乗り出す展開を想起させる。とはいえ、錬金術師のテレサとは違う一般人の身で、王位継承者殺害の重罪人として最初から処刑確定の状態で法廷に立たされたシンデレラにどんな勝機があるのか……というと、ここで彼女の、母や姉たち相手に鍛えてきた「ああ言えばこう言う」屁理屈の能力が役に立つ。

 裁判長は完璧主義者の法務大臣サイラス、裁定官は罪人に徹底した裁きを下すことで知られる無敗のクロノア……と、どう考えてもシンデレラが勝てそうな相手ではないが、彼女は時には司法の公平性を引き合いに出し、時には証人の言質を取り、咄嗟の機転で事態を引っかき回し続け、ついには驚愕の結論に到達するのだ。

 シンデレラの語りが醸し出すポップな雰囲気と、魔法が存在する異世界ならではの幻想的謎解きとの融合という、著者の作風の美点が窺える本格ミステリである。

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シンデレラ城の殺人

『シンデレラ城の殺人』
著/紺野天龍


千街晶之(せんがい・あきゆき)
ミステリ評論家。日本推理作家協会会員。多数の推理小説に巻末解説を寄せている。主な著書に『怪奇幻想ミステリ150選』『水面の星座 水底の宝石』『幻視者のリアル』、共著に『21世紀本格ミステリ映像大全』がある。

〈「STORY BOX」2021年8月号掲載〉

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