紺野天龍『シンデレラ城の殺人』

はじまりの物語


 子どもの頃、寝るまえに母から絵本を読んでもらうのが習慣だった。
 カラフルなイラストで彩られた数多の物語はいつだって魅力的で、僕はその時間が大好きだった。

 中でも、僕のお気に入りは『シンデレラ』だった。
 おそらくそれは、姉のお下がりだったのだろう。母は僕のために、『桃太郎』や『一寸法師』といった男の子が活躍する物語も読み聞かせてくれたが、あまり気に入らなかった。
 暴力が嫌いな大人しい子どもだったのだ。
 それゆえに『シンデレラ』を何度もせがみ母を辟易させる、そんな子どもだった。

 今思えば、その体験が創作の原点だったのかもしれない。
 だから僕のはじまりの物語は――『シンデレラ』だ。

 そのため、小学館からミステリィ執筆の依頼をいただき、「童話に絡めたミステリィとか面白いかもしれませんね」と担当氏から提案されたとき、真っ先に『シンデレラ』をモチーフにすることが思い浮かんだのは、ある意味必然だったのかもしれない。

『シンデレラ』といえば、おそらく世界一有名な物語だろう。
 世界中に類似譚が存在するが、現在最古と言われているものは、何と紀元前六世紀の古代エジプトにまで遡るらしい。
 その頃から、不遇な女性が靴をきっかけとして時の権力者に見初められる、という基本プロットが整っているというのだから驚異だ。
 そしてその流れが当然のように現在まで引き継がれていることからも、この物語が時代や国を超えて、たくさんの人々から愛されてきたのがわかる。

 畏れ多くも、今作『シンデレラ城の殺人』では、そんな人々から愛されている物語をモチーフにさせていただいた。
 といっても本作のシンデレラは、決して不遇な女性ではない。

 詭弁を弄し、舌先三寸で周囲を翻弄し、おまけに何よりしたたかだ。

 悲しみを自分の中に抱え込み、涙を呑んで耐えているだけの可哀想な少女ではなく。
 どんな苦境に立たされても、思考を巡らせ、自らの強い意志で活路を見出す。
 そんな、ある意味においてとても現代的な人物造形となっている。

 ちなみに絵本の中では『シンデレラ』の他に、『一休さん』も好きだった。
 そのため結果的に今作『シンデレラ城の殺人』は、『シンデレラ』と『一休さん』を足して二で割ったような物語と相成った。
 どんな話だ、と首を傾げる方も多いだろうが、そうとしか表現できないのだから仕方がない。興味を引かれた方は、是非その目で確かめていただきたい。

 きっとハッピーエンドなエンタメミステリィに仕上がっているはずだ。

 何かと気の沈むことの多い昨今。
 本作によってあなたの心を少しでも明るくできれば、望外の幸せであります。

 


紺野天龍(こんの・てんりゅう)
第23回電撃小説大賞に応募した「ウィアドの戦術師」を改題した『ゼロの戦術師』で2018年にデビュー。他の著作に『錬金術師の密室』『錬金術師の消失』などがある。

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シンデレラ城の殺人

『シンデレラ城の殺人』
著/紺野天龍

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