「推してけ! 推してけ!」第9回 ◆『シンデレラ城の殺人』(紺野天龍・著)

「推してけ! 推してけ!」第9回 ◆『シンデレラ城の殺人』(紺野天龍・著)

評者・杉江松恋 
(書評家)

もしかすると世界で一番好きなシンデレラ


 あ、このシンデレラいいじゃない。素敵。

 主人公の魅力でまず、ばっちり心を掴まれたのだ。

 紺野天龍『シンデレラ城の殺人』は、有名すぎるほどに有名なあの童話を下敷きにした、読みどころ満載のミステリーである。

 物語の舞台となるのは、架空の王国イルシオンだ。現国王の跡を継ぐことが決まっているオリバー王子の生誕パーティと、その結婚相手を探す舞踏会を兼ねた宴が城で催されることになった。トンプソン家の主であるキャサリンは、妃の座を射止めさせるべく二人の娘にパーティの支度をさせる。もちろん彼女とは血のつながらない継子であるシンデレラには初めから声がかからず、早々に留守番を命じられるのであった。

 舞踏会の晩、トンプソン家を一人の魔法使いが訪ねてくる。アムリスと名乗ったその老人は、シンデレラを華美な衣装をまとった令嬢に変身させ、城へと向かわせた。だがパーティ会場で彼女を待ち受けていたのは、オリバー王子殺害の容疑者として逮捕されるという思いがけない事態であった。即時開廷された裁判で身の証しを立てられなければ、ギロチン台で首をはねられてしまうことになる。絶体絶命の危機にシンデレラは一人立ち向かうのだ。

 シンデレラ自身が探偵役となって身の潔白を証明する、という本格的な謎解き小説の趣向がシンデレラものパロディとしては非常に斬新である。現場は密室状態であり、彼女が犯人でないとすれば不可能犯罪ということになる。作者にはすでに、魔法世界を舞台とした『錬金術師の密室』『錬金術師の消失』(いずれもハヤカワ文庫JA)というミステリーの連作がある。本作においても魔法の存在が前提となる謎解きが行われるのだが、手がかりとして用いられるのはほとんどが現実的な物証であり、関係者のアリバイ調べなども入念に行われる。そうした堅実な土台の上で曲芸のような推理が繰り広げられるのである。

 物語はシンデレラの一人称で綴られるため「どうにもこの事件はちぐはぐというか、輪郭が曖昧であるような印象を受けてしまいます」というように、主人公の思考過程が逐次読者に伝えられる。これは探偵小説の基本だ。終盤ではある人物との推理合戦も行われて緊迫感もいや増す。最後に呈示されてパズルを完成させるピースも実に粋なもので、作者のセンスの良さが際立つのである。謎解き小説としては文句のつけようのない出来だ。

 しかし何よりも素晴らしいのは、シンデレラを薄幸の美少女としては描かなかった点である。屁理屈が大の得意で、何を命じられてもああだこうだと言い逃れてしまう主人公なのだ。決め台詞は「前向きに善処します」。そもそもシンデレラは現状に何の不満も抱いておらず、のほほんと暮らしていた。舞踏会にだって関心はなかったのだ。大事なライラお姉さまが特殊な性的嗜好の持ち主であると噂されるオリバー王子の毒牙にかけられてしまうと魔法使いに聞かされて、これ大変と城に行く気になった。このシンデレラは、血はつながっていないがトンプソン家の人々が大好きなのである。継子ゆえにいじめを受ける、という古臭い設定を覆し、現状肯定、血がつながっていようがいまいが家族は家族、という改変を施した点も大いに評価したい。シンデレラ・パロディは星の数ほどあるが、本作ほどに現代的で、読者の共感を集める主人公像はまたとないのではないか。

 そう、このシンデレラがいいのである。他のどのシンデレラよりも好きかも。

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シンデレラ城の殺人

『シンデレラ城の殺人』
著/紺野天龍


杉江松恋(すぎえ・まつこい)
書評家・作家。推理小説を中心とした書評で活躍。古典芸能にも造詣が深い。主な著書に『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード1000』などがある。

〈「STORY BOX」2021年8月号掲載〉

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