思い出の味 ◈ 佐原ひかり
第50回
「たこ焼き研究会」
大学時代、私はたこ焼き研究会に所属し、会長を務めていた。プロ用の道具を揃え、秘伝のレシピを元に粉から生地を作り、月に最低でも二回は特訓を行い「至高のたこ焼き」を追求していた。
と、これを言うと、「えー、ほんなら今度たこパやろうや」とその腕とレシピを期待され誘われることが多い。当然だ。でも無理だ。毎回食い気味に断る。
というのも、研究会には「粉師」「焼き師」など精鋭の専門部隊があり、秘伝のレシピは先輩によって選抜された「粉師」にのみ代々継がれていた。私は、まあ、てんで才能がなかったので、管理職をやっていたわけである。
日の暮れた深緑の池のほとりで、年がら年中たこ焼きを食べ続けた。私は猫舌なのですぐには口に入れられず、いつもジリジリと「食べどき」をうかがっていた。
まだか、もういけるか、いやまだか、ああ〜もう待てないっ、と口に放り込む。薄くカリッとした皮に歯を突き刺すと、じゅわとろの生地が口の中いっぱいに広がる。熱くて痛くて旨い。だしが染みこんだたこ焼きはソースいらずで、食べても食べても飽きがこない。
家も遠いし、本当は食べるだけ食べて帰りたかったが、そこは一応管理職、紙皿片手に先輩の泥沼恋愛話なんかを聞き、ほお〜、大変ですねえと相づちを打っては、(そろそろおかわりにいきたいねんけど、はよ話終わらんかな)と思っていた。
私の、「取るに足らない、けれど、もっとも大学生らしい瞬間」は常にたこ焼きとともにあったように思う。
卒業してからも、それなりにたこ焼きは食べてきた。でも、あの味を超えるものには出合えていない。在籍中、粉師を闇討ちしてでもレシピを手に入れておけばよかったと後悔している。
最後に。
墓場まで持っていくつもりだったが、ここでひとつ、秘密を供養して懺悔する。
会長をやっていた手前、口が裂けても言えなかったが、実はたこ焼きより明石焼き派である。
佐原ひかり(さはら・ひかり)
1992年兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒業。2017年「ままならないきみに」でコバルト短編小説新人賞、19年「きみのゆくえに愛を手を」で氷室冴子青春文学賞大賞を受賞。著書に『ブラザーズ・ブラジャー』など。
〈「STORY BOX」2021年12月号掲載〉