週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.62 うなぎBOOKS 本間 悠さん
『人間みたいに生きている』
佐原ひかり
朝日新聞出版
高校生の頃から、摂食障害を患っていた。
食べ物を美味しいと思う正常な味覚は持ち合わせていると信じたいが、一定量を超えた「それ」は私にとって吐くために詰め込んでいる物質で、美味しいとか美味しくないとか心を込めて作られているとかいないとか、そんなことは二の次だった。食べることは嫌いではない。嫌いではないが、食べている自分は間違いなく嫌いで、吐き戻すことをやめられなかった。そんな私も家庭を持ち、食事のあといつトイレに行けるかそわそわする暮らしをやっと抜け出した頃、「手抜き」という一言が私にとどめを刺した。インターネット上に公開されている無数のレシピを参考に料理を作ることの何が「手抜き」なのかは理解できなかったし、理解するべきではなかったとも思う。それ以降、台所に立つことは恐怖になった。食卓を囲むことは、時に処刑台に乗せられているようだった。
…と、食に関する恨みつらみを語らせたらキリがないが、このところ、そんな私の琴線を激しくかき乱す本が立て続けに出版されている。芥川賞を受賞した『おいしいごはんが食べられますように』、同じく芥川賞候補作であった『N/A』、そしてこの場で紹介する佐原ひかりさんの『人間みたいに生きている』だ。
いずれも食に対して良からぬ(この、良い・悪いというのがそもそも…)感情を抱いている人々が登場するが、その理由や行動は三者三様だ。『人間みたいに生きている』の冒頭は、主人公・唯がからあげのお弁当を食べる場面から始まる。食に忌避感がある私ですら眉をひそめてしまうくらい、気持ちの悪い食描写は秀逸だ。「口は穴だ。顔に空いた穴。(中略)今日も無数の死骸をここに入れ、ねぶり、砕き、嚙みちぎり、飲み込んだ。」食べるという行為そのものへの強烈な嫌悪感を抱きながらも、そんな自分は到底理解されない存在だろうと、友人に、家族に、ひたすら隠し続ける唯。
同級生から「吸血鬼」の噂を耳にした彼女は、ある日好奇心と「食事をしなくても生きていける存在」への憧憬から、彼が住むという館を訪れ、実際に「血しか飲めない病気」である泉に出会う。彼は遺伝的に血液以外のものを受け付けない身体なのだと、そしてそれは後天的に発症したのだと唯に打ち明ける。食べものの匂いのしない古びた洋館に、ひっそりと人目を忍ぶように暮らす泉。初めて理解者を得た気持ちになり、自身の摂食障害を打ち明ける唯だが、それに対して泉は……。
泉と唯、クラスメートと唯、母親と唯。誰も彼もが違う。
違いを知ること、簡単に同一視しないこと、わかりやすい型に当てはめないこと、そうして誰かを思いやること。デビュー作『ブラザーズ・ブラジャー』から流れる佐原ひかり節は、この〝美味しくないごはん小説〟にもしっかりと受け継がれている。泉との出会いで、唯の世界がどのように動き、彼女自身がどう変化していくかは、本編で見守っていただきたい。
そして願わくば、一人でも多くの「食に呪われた誰か」に、届きますように。
あわせて読みたい本
『おいしいごはんが食べられますように』
高瀬隼子
講談社
手づくりごはんがなんだ、それがそんなにえらいんか!?コスパ考えたら悪くないんか!?という二谷。カップラーメンでお口直ししてしまう彼に、シンパシーを感じずにはいられない。職場差し入れあるあるに論争が巻き起こること間違いなし!
おすすめの小学館文庫
『からいはうまい』
椎名 誠
小学館文庫
とはいえ私は食べられないわけではないので、食べる(飲む)エッセイは好きなんです。特に辛いものが好きなので、異国の辛い料理をいつか食べ歩きたい!という気持ちはある。読んでいるだけでも楽しく、想像とお腹が膨らむ激辛紀行。