今月のイチオシ本【歴史・時代小説】末國善己
源義経の影武者になった蝦夷を主人公にした『義経になった男』など、生まれ育った東北を題材にした歴史時代小説を発表している平谷美樹の新作は、戊辰戦争の局地戦の一つ、宮古湾海戦に至る歴史を名も無き男女の視点で描いている。
盛岡藩にある鍬ヶ崎村は、俵物の積出港として賑わい大きな花街もあった。
戊辰戦争の趨勢が決した明治元年。鍬ヶ崎の遊郭・東雲楼に、元盛岡藩士の七戸和磨が預けられる。新政府軍との戦闘で足が不自由になった和磨は、密偵として地図作りを命じられていたが、実質的には、箱館に向かう旧幕府軍が戦力にならないと置き去りにしただけだった。
そんな和磨の世話をするのが、旧幕府軍が出した金で自由になった遊女の千代菊。戦闘に参加できない心の空白を埋めるかのように、地図の作製に没頭する和磨に、いつしか千代菊は魅かれていく。
やがて、最新の兵器を備えた新政府軍が殺戮を行った会津戦争に参加した和磨が、愛する女性と友人を失い、その経験で虚無に陥った事実が明らかになる。
明治維新は、薩摩、長州を中心とする新政府が、旧弊な徳川幕府を倒し、日本を欧米列強の植民地にさせず近代国家に生まれ変わらせた偉業とされることが多い。これに対し著者は、維新は幕府と薩長の権力抗争に過ぎず、最後まで幕府へ忠義を尽くした東北諸藩から見れば、新政府など国土を蹂躙し賊軍の汚名を着せた仇敵に過ぎないとする。今年は明治維新から一五〇年の節目にあたることから、維新を肯定的にとらえる事業が行われている。ただ維新の負の側面を掘り起こす本書を読むと、中央が東北を搾取し、負担を押し付けてきた歴史が、未曽有の事故を引き起こした福島県への原発の誘致にまで繋がっていることもよく分かる。
千代菊を想うようになりながらも死に場所を探し宮古湾海戦に参加する和磨と、愛する和磨を守りたいと考える千代菊を描く中盤以降は、せつない恋愛小説になる。歴史の波に翻弄された和磨と千代菊が最後に見付けた大切なものは、同じように激動の時代を生きる現代の読者にも、深い感動を与えてくれるはずだ。
(「STORY BOX」2018年5月号掲載)