今月のイチオシ本 【ミステリー小説】

『君待秋ラは透きとおる』
詠坂雄二
KADOKAWA

 十九歳の少女──君待秋ラは、十年ぶりに発見された異能の持ち主「匿技士」だ。彼女の前に立ちはだかる男──麻楠均もまた「匿技士」であり、その手に握られた鉄筋は彼の特殊な能力によって生み出されたものだった。そして突如として始まる戦い。ところが麻楠は、君待の予想外の戦術に困惑することに……。

 いきなり異能者同士の緊迫したバトルから幕が上がる、詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』は、一千万人にひとりの割合で生まれる特殊能力者「匿技士」を政府が管理している日本が舞台。匿技を操る者たちは独立行政法人「日本特別技能振興会」に所属しなければならない習わしだが、君待はこの誘いを拒否したため、差し向けられた麻楠と対決することになったというわけである。

 組織に背を向けたことで追われる身となる主人公という構図の物語はこれまでにも無数に存在する。また、特殊能力者たちの抗争も『X ‐ MEN』などアメコミの影響もあり、いまや珍しいものではない。しかし本作は、よく練られた世界観の奥行きと密度、異能者たちが先を読み合いながら繰り広げる多彩かつ奇抜な作戦が光る戦い、そして目の離せないスリリングな展開で類似作品とは一線を画す。なかでも「戦い」の面白さに着目すると、ネタを割ってしまうが、君待秋ラの匿技は「透明化」である。この特殊能力を序盤の対麻楠戦でどのように活用すると、あのような結果になるのか。ぜひその目でご確認いただきたい。

 物語は冒頭で紹介した戦いを経て、さらに様々な「匿技士」たちが登場し、某大国や大戦も絡んだ壮大なスケールへと膨らんでいく。こう書くと、このまま激化した戦いが描かれていくように思われるかもしれないが、本作の著者が本格ミステリファンからの信頼厚い、あの詠坂雄二であることを忘れてはならない。

 これまでのありとあらゆる設定や展開が巧妙な伏線といっても過言ではないクライマックスの驚きは、ミステリファンを大いに唸らせるものとなっている。すでに続編の構想もありそうな兆しも見受けられ、期待せずにはいられない。

(文/宇田川拓也)
〈「STORY BOX」2019年7月号掲載〉
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