「推してけ! 推してけ!」第25回 ◆『今夜、ぬか漬けスナックで』(古矢永塔子・著)
評者=小寺真理
(喜劇女優)
人生はまるでぬか床のようである
主人公の31歳槇生は、自分より年下の亡き母の夫・伊吹が住む瀬戸内海の小豆島に強引に押しかけて同居を始める。周りからは強引で物怖じしないサバサバした性格に見える槇生だったが実は誰にも言えない秘密を抱えていて……。
本書は7話の連作短編で、全てがぬか漬けに関するタイトルとなっている。どんな話なのだろう? とタイトルからまずわくわくさせられ、一話一話と読み進めていくうちにぬか漬けについて詳しくなり、読み終える頃には検索ワードに「ぬか床 入門」と入力し検索して、自分の人生にぬか漬けを取り入れようとしているほど、ぬか漬けに魅入られていました。
槇生は、今までもこれからも一人きりで生きていくと思っていたが、同居人の伊吹や島の住人たちと生活し、関わっていく中で色々な葛藤をしつつ成長していく。そしてその槇生の存在は島の人々にとって異質なものであったが、互いを知るうちにかけがえのない存在となる。作中で主人公が島の人々を諭す際にぬか床にたとえる様子がとても分かりやすく、面白く、ストンと私の心に落ちてきました。
随所で登場する祖母から引き継いだぬか床で作ったぬか漬け。これがどれも本当においしそうなのだが、変わったぬか漬けが多く描かれています。
・りんごのぬか漬け
・ベビーチーズのぬか漬け
・ドライフルーツのぬか漬け
・舞茸のぬか漬け
・マッシュルームのぬか漬け etc.
一体どんな味がするのだろう? と想像するのが楽しい。
そしてこのぬか漬けたちは、同居人・伊吹が営むスナックのお客さんに食べてもらうために主人公がアレンジを加えたり試行錯誤しているもので、祖母から受け継いだぬか床を大切にし、スナックのお客さんに色んなぬか漬けを食べて喜んで欲しいという主人公の優しさが見える場面でもある。
槇生は伊吹との同居を続けていく。関係はとても複雑なはずの、二人のやりとりが、とても心地よく感じるが、実際は主人公は亡き母、夫は亡き妻の存在を胸に秘めていると思うと切なくなる。人間は表に見えているところが全てではないのだと思わせてくれるシーンも多くあり、考えさせられました。
「愛情なんてそもそも、自分勝手なものだよ」
私が感銘を受けた、伊吹の台詞です。本当にその通りで、自分が望む愛情が相手のものと同じ愛情であることなんて奇跡なんだと思うが、その奇跡を求めてしまうのが人間なのだろうと考えさせられる台詞でした。
主人公・槇生は20年間、自由奔放に生きた母を否定し、母からも自分は否定されていると思っていた。だが、本当は自分は母を愛していた、本当は自分は母に愛されていたと気づく。それを知ってからの主人公は、自分自身や周りとの関わり方がきっと変化していくだろう。そしてそんな主人公が作るぬか漬けは今以上に味わい深いものになり、島の人々に愛されていくのだろうと思いました。
1ページ目からじっくりゆっくり読もうと思っていたが、とても読みやすく面白く、エピローグまで一気に読み終えて思ったことは、【うそ! これで終わり? まだ読みたい。まだ槇生や伊吹や島の人々と離れたくない】ということでした。塔子先生、続編よろしくお願いします。
最後に、私事になりますが、吉本新喜劇に入団して少し経った頃に末成映薫姉さんが「まりちゃんこれ食べ」と、映薫姉さんが作ったぬか漬けをくださいました。少し酸味のある上品なぬか漬けで、「おいしいです! 映薫姉さんの作ったぬか漬けを初めて食べられて感動しました!」と私が言うと、映薫姉さんが「私のぬか漬け食べたら立派な新喜劇の一員やで〜」と笑って仰いました。
映薫姉さんにとってはたわいない一言だったと思いますが、私にとってとても嬉しい【すっぱおいしい】出来事を、本書を読んで思い出すことができたことをとても感謝しています。
【好評発売中】
『今夜、ぬか漬けスナックで』
著/古矢永塔子
小寺真理(こてら・まり)
1991年8月31日生まれ、大阪府出身。A型。13年4月、吉本新喜劇に入団。18年8月、吉本坂46のメンバーとなりアイドルとしての活動も行っている。
〈「STORY BOX」2022年11月号掲載〉