辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第21回「ホームズ・アット・ホーム体験」
2歳の娘が、
夜中に急な階段を上ってきた!?
2022年11月×日
カチャ、と小さな音がした。
朝6時過ぎの薄暗い寝室。夫と私は寝ぼけ眼をこすり、布団から顔を出す。夫が驚いたようにこちらを向く。私はぼんやりと、いま何の音で起きたんだっけと考えている。私がベッドにいるのを視認した夫がドアのほうを振り返り、動揺した声を発する──「●●!?」(●●=娘の名前)。
夫婦そろって勢いよく上半身を起こすと、ドアの隙間から娘がちょこちょこと入ってくるのが見えた。パパとママを見つけて、なんだか嬉しそう。しかしよく見ると着ているのはパジャマの上だけで、下はすっぽんぽん。脚を触ると冷えている。そりゃそうだ、11月の朝は寒い。
なぜ娘の侵入に、私たちがこれほど度肝を抜かれたのか。
その理由は──欧米スタイルとでも言おうか、我が家では大人と子どもの寝室が分かれているからだ。大人は主寝室、子どもは和室。和室はリビングの続き間だから、お昼寝や夜の入眠時の出入りが楽で目が届きやすいという理由で、そこにふたりとも寝かせている。夜中から朝にかけては私の枕元でカメラつきベビーモニターを点けっぱなしにしているため、子どもが少しでも泣いたり声を出したりすると、ばっちり聴こえるようになっている(余談ですが今のベビーモニターってすごい。暗視カメラになっているから暗闇でも様子が確認できるし、子どもが寝ている部屋の温度が適温かどうかも分かるようになっている。それが7000円台から手に入るのだから恐ろしい)。
さて──問題は、和室は1階、主寝室は2階にあるということだ。
私たち一家が旧祖父母宅に引っ越したのは前述のとおり。その一軒家の急な階段──実際、私の弟が3歳くらいのときに転がり落ちてたんこぶを作ったことがある──を、2歳児がひとりで、勝手に上ってきてしまったのだ。夫と私は真っ青になり、娘に駆け寄って無事を確認したのち、状況の把握を急いだ。
「なんで? 和室の引き戸を開けてリビングに出たとしても、リビングから廊下に出るドアはベビーゲートで塞いでるよね? 昨夜閉め忘れた?」
「いや、ちゃんと閉めたはず。さすがにあれを越えられるとは思えない」
「となると、和室から直接廊下に出るドアだ。おとといくらいからノブを回して開けるやり方を覚えちゃって、夜寝る前に脱出してたよね」
「段ボール箱やクーラーボックスでバリケード作って封鎖してたつもりだったけど、ドアごと押して動かして、隙間から出てこられたってことか」
「で、おむつとズボンはどこに行ったんだ?」
「とりあえず下に行ってみよう」
娘を抱き、3人で階下にいく。やはり、リビング側のベビーゲートはきちんと閉まっていた。和室から廊下に直接出るドアを見ると、こちらは案の定、細く開いている。バリケードは一見すると設置したときのままなのだけれど、よく見ると2歳児の小さな身体なら通り抜けられそうな隙間ができていた。
脱出経路は判明した。しかしまだ、全容を把握するには証拠が足りない。
娘はなぜ、起床後ひとことも発さずに、ひとりでそっと和室を出てしまったのか。いつものように「ママ~」と発していれば、私がベビーモニター越しに気づいて、すぐに下りていったのに。着替えだってすぐにさせてあげられたのに……。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。