「推してけ! 推してけ!」第28回 ◆『恩送り 泥濘の十手』(麻宮 好・著)

「推してけ! 推してけ!」第28回 ◆『恩送り 泥濘の十手』(麻宮 好・著)

評者=細谷正充 
(文芸評論家)

「第1回警察小説新人賞」受賞作!現世に光明を照らす人情捕物帳


 麻宮好の『恩送り 泥濘の十手』に関しては、驚くことばかりだ。まず、「第1回警察小説新人賞受賞作」であることに驚いた。えっ、小学館が主催している警察小説専門の新人賞は、「警察小説大賞」ではなかったのか。慌てて調べてみたら、二〇一七年に創設された警察小説大賞をリニューアルしたとのこと。なるほど、そうだったのか。

 次に驚いたのが、作者の名前だ。どこかで見たことがあると思ったが、やはり小学館が主催していた、「第1回日本おいしい小説大賞」に応募した『月のスープのつくりかた』を改稿して出版。すでにデビューしているではないか。狙っていたのか偶然なのか知らないが、小学館の小説新人賞の第一回と縁の深い作家である。

 そして今回の受賞作が、捕物帳であったことに驚く。たしかに捕物帳は、江戸の警察小説といえるかもしれないが、よくぞそれで勝負する気になった。また選考委員たちも、よくぞ本作を選んだ。選評を見ると絶賛されているので、捕物帳であることが問題にならないほど作品の内容が優れていたのだろう。実際、読んでみたら、たしかに受賞も納得の、高水準の捕物帳であった。

 深川一帯を縄張りにしていた岡っ引きの利助が、付け火の真相を追ったまま、行方不明になった。娘のおまきは、父親の行方を捜している。娘と書いたが、利助は実の父ではない。丙午生まれということで不吉と思われたのか、天明六年の水害の後、幼いおまきは実の親に捨てられ、利助夫婦に拾われたのである。だからおまきは、自分が災いを呼び込んだのかもしれないと怖れながら、必死に利助を捜す。利助に手札を与えていた本所深川方の定町廻り同心の田村恒三郎や、新たに深川方になった臨時廻り同心の飯倉信左に、配下にしてもらうよう頼みこむが、当然のように断られた。

 そんな彼女を手助けするのが、材木問屋の息子の亀吉と、目の見えない元旅芸人の要だ。どちらも十一歳の少年である。亀吉は一瞬で風景を捉え、絵にする特技があった。要は頭脳優秀であり、匂いに敏感だ。万引き騒動で飯倉に再会したおまきたちは、岡っ引きを使わないという彼を説得し、なんとか弟子にしてもらう。しかし肝心の探索は、遅々として進まない。そんなとき大川の百本杭に、若い男の土左衛門が流れ着いた。その左袖から、漆塗りの毬香炉が出てきたが、本体と蓋が別のもののようだ。

 一方、利助が事件関係のあれこれを入れていた箱から、漆塗りの蓋を見つけたおまき。要の嗅ぎ取った匂いから、利助が追っていた付け火の件と関係していると思い、飯倉の家に持ち込む。それが土左衛門の毬香炉と繋がり、やがて意外な真実が露わになっていくのだった。

 本書の大きな読みどころは二つある。一つは、時代ミステリーとしての面白さだ。おまき・亀吉・要の素人探偵トリオが、それぞれの能力を発揮しながら、じりじりと真相に迫っていく。特に要が優秀であり、小さな名探偵というほどの活躍を見せてくれるのだ。また、ちょっとした脇役だと思っていた人物が、ストーリーの進展につれて重要度を増していくなど、プロットも巧みであった。一連の事件の真相は複雑であり、ラストにたどり着いたときは、優れた時代ミステリーを堪能したという、満足感を得たのである。

 もう一つの読みどころが、登場人物の心だ。利助の行方不明は自分のせいではないかと思い、だからこそ必死になるおまき。旅芸人時代の暗い記憶を持ちながら、真っすぐに生きる要。要と仲良しだが、歩んでいる道の違いを悟る亀吉。ある理由から、頑なな生き方をしている飯倉。作者は主要人物のキャラクターを立てながら、その心の奥底を描き出す。そして今回の出会いを通じて、心を変化させていくのだ。

 さらに、要の面倒を見ている紫雲寺の芳庵と美緒。飯倉の病弱な妻の志乃と、八歳の息子の信一郎。飯倉家の敷地内に住む医者の岩槻湛山。巾着切りのお千。検視与力の畑山……。脇役陣の描写も、実に達者だ。それぞれの人生を背負った人々の言葉に重みがあるが、個人的には、江戸を去るお千が亀吉の問いに与えた答えが、胸に沁みるものであった。だから、選考委員の東山彰良の、「細部にまで目端が行き届いていて、登場人物を過不足なく使い切っているところが見事でした」という選評に完全同意。そうした登場人物を駆使して、面白いストーリーを綴りながら、自分の未来を見つけていく人々を温かく描き切っているのである。このような捕物帳を、「第1回警察小説新人賞」に応募した作者と、受賞作に決めた選考委員たちの英断に、あらためて拍手を送りたい。

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恩送り 泥濘の十手

『恩送り 泥濘の十手』
著/麻宮 好


細谷正充(ほそや・まさみつ)
1963年、埼玉県生まれ。歴史時代小説・ミステリを中心に評論・解説に携わっている。また、アンソロジーの編者としても活躍中。編著作品に『あなたの涙は蜜の味』『ぬくもり 〈動物〉時代小説傑作選』などがある。

〈「STORY BOX」2023年1月号掲載〉

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