◎編集者コラム◎ 『月のスープのつくりかた』麻宮 好

◎編集者コラム◎

『月のスープのつくりかた』麻宮 好


月のスープのつくりかた

 あなたには、思い出のスープ、ありますか?

 高級フレンチのコンソメスープも、豪華食材のフカヒレスープもかなわない。そんな素敵な一皿が、この物語には登場します。その名も「月のスープ」。材料も、作り方もわかりません。さらにこのスープを完成させるには、ある「おまじない」が必要なのだとか……。

 主人公、高坂美月は29歳。姑の、とある行動に耐え切れなくなり、婚家を飛び出して2か月、ようやく塾講師の職を得たところ。派遣された家庭教師先で出会ったのは中学受験性の倉橋理穂と弟の悠太でした。絵本作家をしているという母親は、海外留学中のため不在にしているとのこと。賢く、美貌を持った理穂ですが、美月に対してはやたらと反抗的で頑なな態度を貫きます。

 ある日、ひょんなことから倉橋家で食事をすることになった美月は、キッチンに立つ理穂を見て、辛いトラウマを呼び覚ましてしまいます。

 婚家の姑は料理研究家で、美月にきちんとした料理を強いました。その理不尽なまでの強硬さに美月の心は折れてしまい、ついには包丁を持つことに恐怖し、料理ができない身体になってしまったのです。

 この物語に登場する人たちは、みなそれぞれ過去のあるできごとにとらわれています。

 良い妻とは? 良い母とは? 良い夫とは? きちんとした料理とは? 誰もが一度は心に引っかかったことのある疑問。それを乗り越えていくために、美月と二人のきょうだいは、お母さんの絵本に登場する「月のスープ」のおまじないを探し求めていきます。

 美月の友人は「幸せって、案外簡単でしょ?」と笑うけれど、メーテルリンクの描くところの「青い鳥」のように身近にいるのかもしれないけど、一体どこに? その答えは、本書の中にあるのです。

 現役で学習塾の国語教師を務める著者が描く、子どもたちをはじめとするキャラクターの心の機微は濃密で豊か。温かく、とろりとしたスープに揺蕩うように、本書の世界を味わっていただきたいです。

 読み終わったらあとは、自分のために「月のスープ」を作りたくなる。そんな、優しい感動を、お約束します。

──『月のスープのつくりかた』担当者より

『月のスープのつくりかた』

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