山田 明『スマホ料金はなぜ高いのか』/日本経済低迷の本質にも迫る経営書
NTT勤務を経て国際通信経済研究所の常務理事を務めた著者が、通信業界の癒着と腐敗の構造を明らかにする一冊。単なる業界・企業研究だけにとどまらず、日本経済低迷の本質に迫ります。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
森永卓郎【経済アナリスト】
スマホ料金はなぜ高いのか
山田 明 著
新潮新書
720円+税
デザイン/新潮社装幀室
通信業界のインサイダーが明かす癒着と腐敗の構造
2年前、菅官房長官が「携帯料金は4割下げられる」と発言して、携帯電話業界に値下げの圧力をかけた。これに対応して、最大手のNTTドコモは、3~4割安くなるプランを発表したが、家計が支払うスマホ料金は減っていない。値下げとなる料金プランが一部に限られ、恩恵を受ける利用者が少なかったからだ。私は、大手三社による寡占がもたらした横並びが、スマホ料金高止まりの原因だと考えてきた。ソフトバンクが「携帯料金を半額にする」と参入したときには、それなりの競争が生じたが、そのソフトバンクもすっかり利権に安住してしまった。
著者も、そのことは指摘している。かつては、孫社長自身が所管の総務省に乗り込み、ブラフを交えて自身の考えをぶつけるほど激しい行動に出ていたのに、すっかり大人になってしまった。ただ、問題はもっと根深いところにあると著者は指摘する。著者はNTT勤務を経て、国際通信経済研究所の常務理事を務めたいわばインサイダーだ。だから、表に出ない癒着と腐敗の構造をよく知っている。
電波の割り当て権限を握る総務省は通信業界に多くの天下りをしているだけでなく、同じく許認可権を握る放送業界にも天下りを送り込んでいる。その結果、疑獄が生まれる。総務省は、地デジ転換で空いたVHFの電波帯をマルチメディア放送に活用することを考え、ドコモと民放連がNOTTVを立ち上げて応じた。この事業は1千億円の累損を出し、4年で破綻する。当初からビジネスに成算はなかったとされるが、その後、ドコモは事実上の損失補填として、プラチナバンドの割り当てを受ける。しかし、放送業界とその親会社の新聞社は、この巨額損失事件をほとんど報じなかった。
本書は、経営面でも、幕府への忠誠を誓う武士道精神と忖度を行動指針とする茶坊主精神が、通信業界をダメにしたと主張する。本書の一番の見どころだ。
本書は、通信業界の企業研究にとどまらず、日本経済低迷の本質に迫る経営書としても、秀逸だ。
(週刊ポスト 2020年9.18/25号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/11/01)