◉話題作、読んで観る?◉ 第63回「山女」
6月30日(金)より渋谷ユーロスペース、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
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人間社会から離れることで、主人公は逆に人間らしく生きることになる。民俗学者・柳田國男が編纂した説話集『遠野物語』から着想を得た『山女』は、日本社会特有の同調圧力や差別意識を扱った異色の社会派ドラマだ。若手女優の山田杏奈のほか、森山未來、永瀬正敏、三浦透子ら演技力に定評のあるキャストが出演している。
物語の舞台となるのは、18世紀の東北の寒村。先々代が火事を起こしたことから、伊兵衛(永瀬正敏)とその娘・凛(山田杏奈)たち父子は村人たちから蔑まれ、貧しい生活を強いられていた。ある日、食べ物に困った伊兵衛が村の米を盗んでしまい、凛は父の罪を被って村を出ていく。
凛が向かった先は、神聖な地として村人たちが足を踏み入れることのない山奥の森だった。異形の姿をした山男(森山未來)に、凛は遭遇。洞窟で暮らす山男と、凛は生活を共にするようになる。2人は、捕まえた野生動物を分け合って食べる。
一方、冷害に苦しむ村では、若い娘を神様に捧げることになり、誰を生贄にするかで紛糾していた。伊兵衛は一家が犯した罪を許してもらうため、凛を生贄にすることに同意する。山男と凛がいる森に、猟師たち一向が差し向けられる。
福永壮志は2003年に渡米し、2015年にアフリカ移民を主人公にした『リベリアの白い血』で監督デビュー。2020年には現代の北海道で暮らすアイヌの人たちを描いた『アイヌモシリ』を公開。どちらも海外で高く評価された。本作も米国での生活が長かった福永監督ならではの視点で、日本人の原風景である『遠野物語』の世界をリアリティーあふれる映画に仕立てている。
深い闇に包まれた森の夜が印象的だ。山男と食事を共にした凛は、男と女の関係になろうとするが、山男は興味なさそうに先に寝てしまう。女は男に養ってもらわなくては生きていけないと思い込んでいた凛は、森で暮らすことで村の因襲からも解放され、自由になっていく。
明治時代に刊行された『遠野物語』が原典となっている本作だが、同調圧力が強く、ジェンダー不平等が残る現代の日本社会そのものを映し出した作品だと言える。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2023年7月号掲載〉