採れたて本!【国内ミステリ#30】

『交番相談員 百目鬼巴』。一見ありがちなタイトルに思えて、実は異色である。
というのも、著者の長岡弘樹は、これまでに警察小説を中心に数多くのミステリを発表してきたけれども、タイトルに登場人物名がつくケースは「教場」シリーズの『教場0 刑事指導官・風間公親』『教場X 刑事指導官・風間公親』くらいしか存在しなかったからだ(苗字だけ使った例なら『風間教場』もある)。どちらかと言えば『線の波紋』『赤い刻印』『緋色の残響』といった抽象的なタイトルのほうが好みなのかも知れない。ならば今回、登場人物名をタイトルに掲げたということは、百目鬼巴も、風間同様に個性の強いキャラクターなのだろうか。
峻厳な風間とは対蹠的に、百目鬼巴は(厳めしい名前のわりに)穏やかな印象の、ごく普通の初老の女性である。定年退職した警察OGの彼女は、非常勤の交番相談員としてあちこちの交番で働いている。ところが、そんな彼女は県警上層部から只者ではないと畏怖されているようなのだ。
本書の6つのエピソードは、それぞれ別々の警察官の視点で進行する。例えば第1話「裏庭のある交番」は、ある交番勤務の2人の警察官が相次いで自殺らしき死を遂げた事件が平本という警察官の視点で描かれ、非常勤相談員としてこの交番に顔を出すようになっていた百目鬼が、事件の裏にある秘密を推理する。
各エピソードで共通して発揮されるのは、百目鬼のただならぬ観察眼である。まるで百の目を持つ鬼のように、彼女はどんな些細な違和感も見逃さないのだ。本書の視点人物となる警察官には善人も悪人もいるが、前者にとっては百目鬼の眼差しはどんなに頼もしく、後者にとってはどんなに恐ろしいことだろうか。第6話「土中の座標」は本書で唯一の倒叙ミステリであり、別れ話のもつれから交際相手を死なせてしまった警察官が、その隠蔽のため罪を重ねる話である。百目鬼はコロンボさながらに彼の完全犯罪計画の弱点を衝いてみせるが、その決着は倒叙ミステリのお手本のように鮮やかだ。
他にも、カミツキガメの脱走から始まる「嚙みついた沼」など、ユニークな話が多い。最も戦慄的なのは「瞬刻の魔」で、結末は悪夢さながらである。「ものごとをほじくり返すと、ろくなことがない」という百目鬼の述懐からは、彼女が好きこのんで真相を見破っているわけではないことが窺えるが、その真意ははっきりとは見えない。真相を公にするかどうかについては、法律に囚われない独自の倫理観で判断してもいる。実にミステリアスで魅力的な新キャラクターだ。
評者=千街晶之