週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.129 大盛堂書店 山本 亮さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 大盛堂書店 山本亮さん

私が鳥のときは

『私が鳥のときは』
平戸 萌
河出書房新社

 少女と元少女を中心に、ある夏を舞台とした2つの短編が収録されている青春群像小説。平戸萌のデビュー作『私が鳥のときは』は、冒頭から〈さらってきちゃった〉〈さらわれてきちゃった〉という言葉が飛び出す。突然どうしたの?と不思議に思ってしまうが、そんな読者の気持ちはお構いなしに、中学最後の夏休みを過ごす蒼子の家に母が勤め先の同僚・バナミをさらってくる。

 表題作「私が鳥のときは」は 、この3人を中心とした登場人物がとても魅力的な、氷室冴子青春文学賞大賞を受賞した作品だ。まずバナミは夫と息子がいる30代の女性だ。しかし病気で余命を宣告されている。なぜ蒼子の母はそんなバナミをさらって、何くれとなく世話を焼くのか。なぜバナミは進んでさらわれて蒼子たちの家に厄介になるのか。色々な「なぜ?」が頭のなかを駆け巡るが、誰にでも別け隔てなく陽気に接し、人の心に入り込むのが上手なバナミの人間性と、バナミと彼女の家族に接する際の母の自然体なペースに、バナミといういきなりの闖入者に苛立つ蒼子や周囲の人間は、否応なしに巻き込まれる。でも主人公である蒼子の語りを通して知るその様子は、ちょっとユーモアがあり痛快だ。さらに読み進むにつれてバナミと母のやることなら、理屈では説明できない関係もきっとある、と思わずどこかで納得してしまう。

 学校に行ってない蒼子と過酷な家庭環境にある塾仲間のヒナちゃん、母とバナミの2組が鏡合わせに映る瞬間がある。そこから4人がさらに濃く交わり、女性同士の連帯感に繫がる。もちろんその中心にいるのはバナミだ。死が間近かもしれない彼女を通じて、孤独な蒼子とヒナちゃんに新たな温かい感情が生まれる様子と、そして最後、「なぜ?」が氷解する光景に、ぐっと胸が詰まる読者も多いはずだ。

 もうひとつの短編「アイムアハッピー・フォーエバー」は、蒼子からバトンを引き継いだ中学生のバナミ編というべき作品。幼くして両親が他界したものの、祖父や叔父夫婦に育てられ、学校の友人に恵まれ、日々楽しく過ごす中学1年生バナミ。親しみやすい気立ての良い女の子と評判だが、他人の感情によって、自分の立ち位置をくるくると変えていることに違和感を持つ少女でもあった。

 夏休みに所属しているテニス部の上下関係に辟易して練習場所を求めるなか、閑静な住宅街のテニスコート付きの広い敷地に住む、威厳があるけど親しみやすい老婦人の英子に出会う。テニスコートを貸してもらうべく交渉する様子や、その後の関係性がとても良い。性格が合う二人のテンポの良い会話や、ある企みを通して、年の差を感じさせないシスターフッドとも感じられて心地良い。さらにテニス部の同級生と幼馴染や、バナミと英子の過去の忘れられない大切な人とのきらめきが描かれる。

 また青春小説らしい次のバナミの場面がとても印象的だ。
〈緊張で冷たくなった指を互いに握って震えを抑ええていることも、怖くて泣きそうなのをテンションを上げることでごまかしていることも、このまま誰にも気づかれなければいいとバナミは思った。同時に、あたしたちがどれだけ勇気を振り絞っているか思い知れ、とも。〉
 この作品のエッセンスがぎゅっと詰まっているのではないだろうか。楽しさだけではなく、生きる上での違和感や苦しみさえも糧にして、互いにしっかりと目線を合わせ一人の人間として尊重し手を携えることを伝えるフェアな物語だと思うのだ。ぜひバナミたちの切実な想いを感じてほしい。

 本作は年の差も性差も飛び越えた女性たちを代表した、バナミによるバナミのための物語、と言っても良いかもしれない。でもバナミが起こしたきらめきは我々のなかにもきっとある。奇跡は遠い向こうのかなたに眩しく光っているのではない。ただ自由になりたいという願望だけの足かせを外して、本当の自由へ向かって次に羽ばたくのは、我々読者自身ではないだろうか。真摯に寄り添いその手助けをしてくれた著者に、心から感謝したい。

 

あわせて読みたい本

教室のゴルディロックスゾーン

『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
小学館

『私が鳥のときは』を読んだらぜひ次に手に取ってほしい小説。女子中学生の悩みや希望に真摯に寄り添いながら、すぐに変われなくてもゆっくりでも良い。彼女たちが納得できる次の道へ、そこかしこに扉を開いてくれる著者の姿勢が、本当に素晴らしい。この2作はここ数年でも屈指の青春小説であり、少女小説だと思う。

 

おすすめの小学館文庫

十の輪をくぐる

『十の輪をくぐる』
辻堂ゆめ
小学館文庫

 長い時代を経て生きてきた人間たちの自立や葛藤を丹念に描く物語。個人的には主人公の万津子の苦しみながら選んだ行動の数々に、様々な感情を呼び起こされた。彼女たちはそれぞれの時代でどうやって自分らしい人生を掴んでいったのか。あらゆる世代に読んでほしい物語だと思う。

山本 亮(やまもと・りょう)
大盛堂書店2F売場担当。担当ジャンルは文芸、ノンフィクションなど。毎年必ず一回は読む小説は谷崎潤一郎『細雪』。


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連載第13回 「映像と小説のあいだ」 春日太一