◎編集者コラム◎ 『十の輪をくぐる』辻堂ゆめ

◎編集者コラム◎

『十の輪をくぐる』辻堂ゆめ


『十の輪をくぐる』写真

 先月15日に辻堂さんの最新長編『山ぎは少し明かりて』が発売されました。

 いくつかの媒体で取材をしていただいたのですが、数ある辻堂さんの過去作のなかでみなさんが言及していたのが『十の輪をくぐる』。ミステリ作家である辻堂さんが挑んだ「非・ミステリ」作品であり、昭和の時代を圧倒的なリアリティで活写しているところが最新作と共通しています。「ほかのどの作品よりも、圧倒的に取材に時間をかけた」と著者が話すこの二作が、単行本と文庫本の形で同時期に刊行。未読の方はぜひこの機会に、お手にお取りいただきたいです。

『十の輪をくぐる』の執筆を辻堂さんに依頼した頃は、まだ2020年の東京オリンピックを遠い未来に思い描いていたような時期でした。「今から連載をスタートさせると、書籍化する頃はちょうど東京五輪開催ですね」というようなところから、東京五輪に絡めた物語を作れないか、という話に発展していきました。

 昭和39年に行われた東京五輪と、令和2年に行われる東京五輪。2つの東京五輪のあいだには56年という歳月が流れています。それは、それぞれの時代を現役で生きた者同士が家族内にいることも当然ありえるような年月で、三世代で同居している人もいるでしょう。五つの輪を背景に、時代とともに変わりゆく「家族」の姿を描けないか――。カフェでのお打ち合わせ中に、物語の構想はどんどん膨らんでいきました。

 単行本刊行当時、発売を記念して作家の荻原浩さんに対談をしていただいたのですが、その対談のなかで荻原さんが、こんなことをおっしゃっていました。


実は僕も、何年か前にオリンピックが題材の小説を書こうかとちらっと考えたことがあって。一九六四年と二〇二〇年の他に、一九四〇年の幻のオリンピックを加えた、三つの東京オリンピックをつなぐお話。タイトルは確か『十五の輪をくぐる』だったかな?

 お分かりの通り、タイトルの「十の輪」とは、1964年の東京五輪と、2020年の東京五輪、2つの「五輪」を足し合わせたものです。

 冗談めかしてそんなお話をしてくださった荻原さんですが、なんと文庫版では解説をご執筆くださいました。心地よい荻原節が魅力的な解説文です。ぜひお楽しみください。

 最初の1ページを開くと、1964年10月23日に行われた女子バレーボールの優勝決定戦で実際に放送されたNHKアナウンサーの鈴木文彌さんによる名実況が。ここで身震いしつつ、本文冒頭、下記文章で、この作品を読まねばならない衝動に駆られます。


人の心というのは、身体の内側に存在するのか。
それとも、外側にあるのか。
俺はさ、もしかしたら心ってのは外側にあるんじゃないかと思うんだ。お前はどう思う?  

 私は何度読み始めても、ここで鳥肌が立ちます。

 名実況がどう物語と繋がっていくのか。そして「人の心」がどう関係してくるのか。

 気になった方はぜひ、お手にお取りください。

──『十の輪をくぐる』担当者より

十の輪をくぐる
『十の輪をくぐる』
辻堂ゆめ
額賀 澪『タスキ彼方』
「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第4回