週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.167 精文館書店中島新町店 久田かおりさん
2012年に単行本として発売された『なでし子物語』から12年。『地の星』『天の花』を経た〝なでし子大河物語〟がこの『常夏荘物語』で完成した。
遠州にある峰生で名家として知られる遠藤家に10歳で引き取られた燿子は18歳で当主の龍治(当時三十代)と結婚し19歳で娘の瀬里を出産、現在38歳だ。その燿子は8年前に、夫である龍治から離婚を切り出される。夫は離婚し、事業のすべてを一回り年下の叔父(!)立海に譲りアメリカで余生を過ごしたいという。この登場人物たちの複雑な設定や、離婚の理由が語られる冒頭ですでに読者は前のめりになるだろう。主人公燿子の波乱に満ちた人生や、今後待ち受ける苦労を思いハラハラしながらページをめくり続けるはずだ。そしてこの小説は、シリーズ未読であってもすっと物語になじんでいく不思議な魅力を持っている。
燿子、娘の瀬里、そして龍治の母照子。三人の女たちの、ままならない今と、自分でつかみ取っていく未来を伊吹有喜の真摯で静謐で上品な言葉たちが紡いでいく。
周りから向けられる恨みやつらみ、嫉妬や邪推、そういう黒い思いさえ凛と顔をあげて生きていく彼女たちの前では霧散していく。いや、霧散させていくのだ、彼女たちがその手で。
後半描かれる、家を守り山の中でひっそりと暮らすことをよしとして生きてきた照子の、驚くほど思い切った行動にほれぼれする。地域の人たちから敬われ親しまれてきた先代「おあんさん」の魅力がほとばしるエピソードだ。
そして幼いころからずっと自分の心にふたをして生きてきた燿子がようやく手を伸ばすことのできた未来に心から安堵する。あぁ、この光景を見たかったのだ、と目頭が熱くなる。
天と地を結んだ二人の絆がこれからも峰生を守り続けていくのだ、と読後思わず空を見上げてしまった。
日々のあれこれに忙殺されて軋んでしまった心にそっとしみる優しい言葉たち。そんな言葉を心に刻みこんで本を閉じてください。
あわせて読みたい本
昭和十二年から二十年。戦前、戦中、戦後の日本を舞台に、少女雑誌『乙女の友』を愛し、守ろうとした人たちの熱い思いがあふれる一冊。戦争という理不尽さに踏みにじられた生活。美しいものを美しいと言えること、好きなものを好きだと言えること、そんな当たり前の幸せを私たちはもっと大切にしなければならないと改めて思いました。
久田かおり(ひさだ・かおり)
「着いたところが目的地」がモットーの名古屋の迷子書店員です。