関 かおる『みずもかえでも』◆熱血新刊インタビュー◆

一度は夢を諦めても

関 かおる『みずもかえでも』◆熱血新刊インタビュー◆
 取り返しのつかないことをしてしまったせいで夢を諦めた主人公が再び、「演芸写真家」を志す──。『みずもかえでも』で第15回〈小説 野性時代 新人賞〉大賞に輝いた関かおるは、デビュー作の主人公のように、再挑戦を試みた経歴の持ち主だった。そこには主人公と同じように、この夢は諦められない、という強い思いがあった。
取材・文=吉田大助 撮影=田中麻以(小学館)

 関かおるには、デビュー前にも受賞歴がある。前回の〈小説 野性時代 新人賞〉で、奨励賞を受賞していたのだ。奨励賞受賞作「隣も青し」は、寄席の看板や高座の〝めくり〟に使用される独自の文体で書かれた文字、「寄席文字」を題材にした物語だった。

「『笑点』の大喜利に出演されている師匠方の落語を聞き始めたことがきっかけで、寄席にも行くようになりました。ステージ上で演者さんが出てくるたびに変わる〝めくり〟のふっくらした文字は、誰が書いているんだろうと寄席文字について調べたことが、奨励賞の作品を書くきっかけだったんです。その後も Twitter(現X)で落語家さんのアカウントをフォローしていたんですが、ある時、タイムラインに演芸写真家という肩書きの方のツイートが流れてきました。そんな職業があるんだという驚きが、『みずもかえでも』の出発点になりました」

 演芸写真家、とは橘蓮二の造語だ。橘は寄席を撮影した写真集などの著作があり、現在は落語協会所属者のプロフィール写真の撮影も担当している。

「橘さん以前は、落語家さんの写真って正面からしか撮られていなかったらしいんですが、橘さん以降、舞台袖から横顔を撮るという構図ができたそうなんです。それができるようになったのは、橘さんが芸人さんに信頼してもらえているからですよね。その関係性を、自分なりに想像して書いてみたいなと思いました」

 準備段階では関連資料を丹念に読み込んでいったが、執筆時には自由に筆を走らせた。例えば、舞台袖からかしゃんと鳴るカメラのシャッター音が、高座にあがっている落語家のみならず観客にとってもいい合いの手になるというエピソードは、フィクションだ。

「照明を浴びている落語家さんの横顔がパッと浮かんだ時、シャッター音も一緒に聞こえてきたんです」

「あなたの芸術を私に見せてよ」と思いながら書き進めていった

 小説の冒頭で描かれるのは、高座中の落語家を撮影する主人公・繭生の姿と、その行為によってもたらされた罪悪感と怒りだ。物語が少し先へ進んだところで明かされるのだが……当時二十歳だった繭生は、演芸写真家である師匠・真嶋光一の元で修業していた。舞台袖にいることは許されていたものの、勝手に撮影してはいけないと約束させられていたのだ。しかし、師匠が体調不良で途中退席したその日、高座にあがる落語家のエネルギーに引き寄せられるようにして、シャッターを切ってしまう。その音が、落語家の集中力を途切らせてしまった。

「師匠との約束を破ってしまった理由を考えていった時に、繭生はいわゆる〝ゾーンに入る〟状態になって、周りが見えなくなっていたのではないかなと思ったんです。私は通っていた高校が芸術系だったので、自分が専攻していた音楽以外にも、いろいろな芸術分野に触れる機会がありました。同級生たちの舞台を見る機会も多くて、友達が〝ゾーンに入る〟瞬間を何度も目撃してきたんです。その瞬間に感じたものを、主人公の心情に重ね合わせていきました」

 ただ……と、言葉を続ける。

「繭生は演芸が本当に好きで、落語が好き。衝動に駆られて一回約束を破ったぐらいで、辞めるものかなと思ったんです。辞めるという決断にもっと重みを持たせるために、エピソードを付け足しました。自分の写真を一番見てほしかったお父さんの目が見えなくなって、気力を失ってしまうというエピソードです」

 個々のシチュエーションを魅力的に描き出しながらも、足りないものは何か、と物語全体を俯瞰できる能力はこの作家の武器だ。

 物語が本格的に動き出すのは、オープニングの事件から4年後のこと。夢を諦めフォトスタジオに就職した繭生は、ウェディングフォトグラファーとして働いていた。

「演芸写真は芸術の分野に入ると思うんですが、芸術って食べていける仕事として1位には来ないですよね。カメラマンという仕事の中である程度安定して食べていけるジャンルは、ウェディングフォトじゃないのかなと思ったんです」

 仕事を「こなす」日々が変化するきっかけは、落語家・楓家みず帆が新郎とともに顧客としてやって来たことだった。みず帆は繭生と因縁があり、クレーマーすれすれの態度を取る。カメラアシスタントの小峯は、繭生を辞めさせることで、正社員の座を虎視眈々と狙っており……。

「奨励賞に入った去年の選評で、主人公に明確な苦労とか課題、人とのぶつかり合いが足りないと指摘していただいたんです。そこから生まれたのが、みず帆と小峯でした」

 二人と衝突する過程で、繭生は己の本心と向き合うことになる。「私、演芸写真家に、やっぱりなりたい」。15歳の時に自分を初めて寄席に連れて行ってくれた父に、そう告白するのは物語の半分にも満たない地点だ。そこからのロングスパートが、本作の真骨頂だ。

「実は、一番最初のプロットでは、繭生が最初からウェディングフォトグラファーだったんです。撮影に入った結婚式の余興で初めて落語を聞いて、落語ってめちゃくちゃ面白いとなって演芸写真家を志すという流れでした。でも、それでは描きたいテーマからずれてしまう気がして。それで、一度は夢を諦めたんだけれども、もう一度その道を志すという流れに変えたんです」

 それは何故だったのか。

「芸術系の高校で出会った友達は、芸術が好きだという気持ちは揺るがないんだけれども、芸術とまったく関係ない仕事についている人の方が多いです。でも、私はその人たちの芸術がすごく好きだから、続けてほしいって気持ちがあるんですよね。繭生に、その気持ちをぶつけたかったんだと思います。一度辞めても復活できるし、〝あなたの芸術を私に見せてよ!〟と」

小説は、物語を通してマイノリティの人たちに光を当てる

 作家自身も、小説への情熱を燃やしながらも、何度か離れてしまった時期があった。

「小学校4年生ぐらいの頃から家族のパソコンを使って、『青い鳥文庫好きな人集まれ』というインターネットの掲示板で、小説とも言えない文章を投稿していました。高校に入ってからは小説から離れていたんですが、大学3年生ぐらいの時に、就活からの逃避行動で、小説を書いて、応募をし始めたんです。結局は就職して広告代理店に入ったんですが、体調を崩して辞めてしまって。家で食べていける仕事はもう小説しかない、小説家になりたい、という気持ちが再燃しました。ちょうど、会社を辞めた翌月末が〈小説 野性時代 新人賞〉の締め切りだったので、長編を書いて応募しました」

 その長編が、奨励賞を受賞したのだ。

「小説家になりたい、といっても、自分に才能があるかなんて分からない状態で書いていました。それがまさか最終候補に残って、奨励賞をいただけるとはあまり考えていなくて。その時に初めて、あぁ、私はこのまま小説を書いていけばいいのかもしれない、という気持ちになりました」

 小説という芸術ジャンルの魅力は、「物語を通して、マイノリティの人たちに光を当てる」ところにあると作家は考えている。

「小説は心情を丁寧に描写することができる媒体だからこそ、普通の生活ではなかなか目にしない人たちについて知ることができる。私自身、小説を読んでさまざまなマイノリティの人たちと出会ってきた実感があるんです。今回の小説でも、マイノリティにあたる人たちを意図的に登場させています。例えば、繭生と特別な縁を持つ相手は、女性落語家です。もともと落語は、男性が演じるために作られた芸能分野なので、落語を女性が演じることに対して、偏見や差別もある。そのことについて読者さんに知ってもらうことで、ほんの少しでも変わっていくものがあるんじゃないか。小説には、そういう力もあるんじゃないかと希望を持っているんです」

 大賞という冠を得てデビューしたことで、その希望の種は花開きつつある。

「大賞のご連絡をいただいた時はめちゃくちゃ嬉しかったです。ただ、前回奨励賞をいただいた時の方が、嬉しさに浸れていた気がします。今回も、選評で作品についていろいろなご指摘をいただきました。今は嬉しさよりも、次はもっといいものを書かなければ、という気持ちに燃えています」


みずもかえでも

KADOKAWA

落語好きの父に連れられ寄席に通うなか「演芸写真家」という仕事を知った宮本繭生は、真嶋光一に弟子入りを願い出る。真嶋は「遅刻をしないこと」「演者の許可なく写真を撮らないこと」を条件に聞き入れるが、ある日、繭生は高まる衝動を抑えきれず、落語家・楓家みず帆の高座中にシャッターを切ってしまう。繭生は規則を犯したことを隠したまま演芸写真家の道を諦める。あれから4年。ウエディングフォトスタジオに勤務する繭生のもとに現れたのは、あのみず帆だった……。落語家たちの情熱が、 目標を見失ったカメラマンの心に再び火をともす! 第15回「小説 野性時代 新人賞」受賞作!


関 かおる(せき・かおる)
1998年生まれ。東京都出身、在住。慶應義塾大学環境情報学部卒。2024年、「みずもかえでも」で第15回「小説 野性時代 新人賞」を受賞し、同作でデビュー。


赤神 諒『碧血の碑』
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.167 精文館書店中島新町店 久田かおりさん