週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.169 宮脇書店青森店 大竹真奈美さん
私の家は、坂の上にある。近所のカフェでは(つまりは坂の上)2ヶ月に1度、読書会が開かれている。その参加メンバーのひとりで一番の高齢者が70代の私の義父だ。
課題書を読了し、皆で集まり自らの感想を述べ合う。自分では手にしないであろう作品を読んだり、自分とは異なる解釈に触れたりできることが楽しいそうだ。
この作品に親近感が湧いたのは、身近にそんな義父がいたからかもしれないし、作中の会話が馴染み深い訛りに似ていて親しみやすかったからかもしれない。
そんな物語の舞台は、坂のまち・小樽にある古民家カフェ「喫茶シトロン」。函館に転居することになったオーナーの叔母に呼び寄せられた雇われ店長、28歳自称小説家の安田松生。彼が引き継いだカフェで月に1度開かれる読書会は、その名も「坂の途中で本を読む会」。参加者は78歳から最年長92歳。平均年齢85歳の超高齢読書サークルだ。
メンバーは、個性際立つなんとも濃ゆいキャラの6人。話が通じているのかいないのか、予定も連絡も覚束ず、話し出せば独特なテンポで脱線しまくる。老いや持病、コロナ禍などのあらゆる変化に向き合いながらも、着実に歩み続けて読書会発足20周年を迎えるというのだからすごい。そんなわちゃわちゃ感に、最初は苦笑いするばかりだが、なんとも愛おしくなってくるのが不思議だ。
老人たちがどことなく踏まえていく死や、小説の書けなくなった安田の過去、変化していく心模様。新たなる登場人物に、様々なストーリーが動いていく。
本作は読むこと、語ることの素晴らしさに溢れている。「自らをもって由となす」というように、自らの意思や考えを理由として行動する。そんな自由な読みや語らいが、本当の自分らしさを表現する。ある事柄をどのように捉えるかによって、その人の人となりを感じる。そうやって読書を通して心と心を通わせていく。
1人で本と向き合う読書とは違い、みんなの心がページのように重なり合い、新たに生まれ変わった1冊の読了本が、大切に心の本棚に並んでいくような、愛おしい読書体験がそこにある。
しおり紐のことをスピンとも呼ぶが、調べてみると「spin」には、回転していく、てんてこ舞い、糸を紡ぐ、縒るなど様々な意味があるようだ。
それはまるで、しっちゃかめっちゃかに見えつつも、なんだかんだで上手い具合に回っていくこの読書会のようであり、ひとりひとりが自らの言葉で語らい、縒り合わせるように想いを紡ぎ、人々をつないでいく、そんな糸を連想させる。
この本からするりとのびる黄色いしおり紐も、きっとどこかに紡がれる、やさしい希望に感じるのだった。
あわせて読みたい本
本と読書の魅力溢れる、高校生たちのビブリオバトルの物語。自分の言葉を持てない時、本は心に寄り添ってくれる。そっと、時にはハッと、見守るように、背中を押すように、言葉たちが感情を湧き上がらせてくれる。感情の風に吹かれ、めくる本のページは、想いの葉を揺らし言葉のエネルギーを生み出す。私たちは本の力を信じられる。そんな信じる想いをつないでくれる作品。希望の一歩を照らし出す、まっすぐでハートフルな青春小説。
大竹真奈美(おおたけ・まなみ)
書店員の傍ら、小学校で読み聞かせ、図書ボランティア活動をしています。余生と積読の比率が気がかり。