あさのあつこ『神無島のウラ』

あさのあつこ『神無島のウラ』

神話と現実と


 トカラ列島の真ん中に位置する悪石島。そこに渡るために鹿児島港から〝フェリーとしま2〟に乗り込んだのは、2019年5月31日の夜だった。悪石島のボゼがユネスコの無形文化遺産に登録された、その記念ツアーに参加したいと思ったからだ。別にゲストとして招かれたわけではなく、ボゼという異形の神に強く惹かれ、是非とも逢いたいと望んだからだ。

 写真で、日本古来の神とはかけ離れた来訪神の姿を見たときは心底から驚いた。こんな姿の神が日本に存在している。その驚きである。リアルに逢いたくて、悪石島に渡った。

 フェリーで10時間を超える航海の後、降り立った瞬間から眼と心を奪われた。海が碧い。森は濃すぎるほどの緑に覆われている。その海が森が、ここに本当に神が宿ると実感させてくれた。

 どうしてだか、それは子どもの守護神のような気がした。その感覚はツアーから帰ってもずっと、わたしの内にあり、うずくまっていた気がする。

 その感覚に誘われるように『神無島のウラ』の執筆を始め、続けた。執筆の前も途中も何とか書き終えた後も、子どもに関わる残酷なニュースは絶えなかった。苦しくてたまらなかった。自分が加害者、ほとんど抵抗できない相手を痛めつける側にいるという恐怖が全身を縛る。そんな感覚。母親として三人の子を産み育ててきた。その年月の間に、残酷な衝動を幾度となく覚え、実際に手をあげたこと、言葉で傷つけたことがあった。『神無島のウラ』を書き進めながら、わたしはわたしの記憶と向き合わざるをえなかった。いや、向き合うためにこの作品を書いたと思う。それで、浄化されるとも赦されるとも考えてはいない。ただ、大人が本気で子どもを幸せにしようと決意してこそ子どもは守られる。

 守護神ウラは、神無島だけにいるのではなく、人の心の奥底に座っているのだろうと、そのことには気付けた気がする。『神無島のウラ』という作品を書き切れてよかったと思っている。深津と一緒にこれからも、大人としてどう生きるか探っていきたい。

 最後になりましたが、執筆のきっかけとチャンスを与えてくださった幾野さん、加古さん、生徒と生きる日々を語ってくださった鹿児島高等学校の堀正信先生、ありがとうございました。

 


あさのあつこ
1954年岡山県生まれ。青山学院大学文学部卒業。小学校講師を経て、91年『ほたる館物語』でデビュー。97年『バッテリー』で第35回野間児童文芸賞、99年『バッテリーⅡ』で第39回日本児童文学者協会賞を受賞。2005年『バッテリー』全6巻で第54回小学館児童出版文化賞を受賞。11年『たまゆら』で第18回島清恋愛文学賞を受賞。近著に『ハリネズミは月を見上げる』『彼女が知らない隣人たち』『おもみいたします』などがある。

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