週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.29 吉見書店竜南店 柳下博幸さん
縁はあれども所縁の無い、この街・静岡に単身赴任でやってきて早くも2回の正月を迎えました。当初は静岡=「海」だったイメージが、暮らすうち徐々に「山」の街なのではないかと思うように。もちろん身近にある港からの海の恵みも日々甘受していますが、毎月帰省するたび長い長い高速道路の曲がりくねった山道を霊峰富士山に見守られながら走るうちにいつしかそう思うようになりました。ゴーイングマイウェイから郷に入っては郷に従う。
そんな移住書店員に突き刺さった1冊を紹介します。
『サンセット・サンライズ』
楡 周平
講談社
築9年、3LDK、未入居、家具、家電、食器、寝具等の生活用品完備、ワイファイ使用可
交通・宮城県北鉄道 宇田濱駅徒歩二十分、家賃八万、敷金1ヶ月、礼金0
大手電気機器メーカー東京支社勤務の主人公・西尾晋作は休日ともなれば関東各地に遠征し朝から漁船で釣り三昧の優雅な独身生活を満喫していた。折からのコロナ禍によってテレワークが当たり前になり家賃の高い東京からの脱出を考えていたある日。ふと、いつも行く漁船で聞いた絶好の釣りスポット情報を思い出し「宇田濱」を検索したところ一番上にヒットしたのがこの物件。
あやしい……甘い話には理由がある。真っ先に思い付いた理由を、全国を網羅する事故物件サイトに求めてもそれらしき物件は見当たらない。とりあえず訊いてみるだけ訊いてみるかと連絡してはみたが、物件を見に行くだけでも1日がかりの東北の地。躊躇する晋作に先方から送られてきた、リビングから望む三陸の洋上に昇る朝日の動画に息をのむ。
こんな物件が8万で借りられる? しかも礼金0円だしな……。
ま、期待外れだったらひと月やそこらで出りゃいいんだし。
そんなことよりもぐずぐずしていたら先を越される! そんなこんなでお試し移住をした晋作を待ち受ける閉鎖した社会特有の軋轢。それでも持ち前のお気楽な性格で周囲にもなじんだ頃、東北が直面する増え続ける空き家問題に気づいた晋作はコロナ禍を背景に山積する問題を一気に解消する新たな賃貸ビジネスを思いつく。
「都会では何でも手に入る。美味い物で知らないものはないって、田舎の人間を馬鹿にするけどさ。本当に美味いもの、美味い食べ方は産地の人間が一番良く知ってんだぁ。いいがら一度食べてみ? 俺のいってることが分かるから」
グルメ小説と言っても過言じゃないほど登場する東北の山海の美味。釣って採って味わい尽くす飯テロな描写の連続。ビジネス層だけでなく、すべての読者層におススメしたい胃・職・住(&自由)を満たすポジティブなコロナ禍小説の誕生です。
あわせて読みたい本
『未来のカタチ 新しい日本と日本人の選択』
楡 周平
小学館新書
『サンセット・サンライズ』で描かれたウィズ・コロナのビジネスヒント満載の1冊。日本人が選ぶべき新しい未来のカタチとは何か? データ満載で楡周平が日本の危機を救う!
おすすめの小学館文庫
『TEN』上・下
楡 周平
小学館文庫
戦後の混乱期。荒んだ暮しをする主人公テンに手を差し伸べたのは偶然再会した幼なじみだった。料亭の下足番として初めてまともな職を与えられた「学もない、金もない、失うものは何もない」無欲で愚直な男が、徐々に成り上がる中でもがく「男の嫉妬」の醜さも描き切った一代記。
(2022年2月11日)