週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.36 成田本店みなと高台店 櫻井美怜さん


ピンク色なんかこわくない

『ピンク色なんかこわくない』
伊藤朱里
新潮社

 リカちゃん人形さえあれば何時間でも一人で遊んでいられる子供だった私は、4つ離れた従姉が実質姉のようなものだったこともあり、兄弟姉妹がいないことの寂しさや不自由さは正直感じたことがない。ないのだが、私はとにかく「お兄ちゃん」という存在に憧れていた。ただただ私を甘やかし、近所の悪ガキから守ってくれるようなヒーローが欲しかったのだ。

 この作品は私のような偽物の姉妹ではなく、血の繋がった四姉妹の物語だ。そしてその母親の物語でもある。ここには男性はいない。描かれていないのだ。

 母と娘、姉と妹だけでも一対一の関係ならなにかしらありそうなものなのに、母親と四姉妹。同じ家の中に女が5人もいてなにも起きないわけがない。

 美しい長女。優秀な次女。奔放な三女。マスコット的な末っ子。家庭内の立ち位置により内側から生まれてくる軋轢。容姿が優れているから、秀才だから、と持って生まれたもののせいで外側からまとわりついてくるしがらみ。家族という箱の中で感じる窮屈さは、決して特別なことではない。狭い世界で感じるその息苦しさは、私たちの周りにもあるものだ。

 頭痛がひどい時に、まさかなにか重大な病気のサインだとは考えずに、気圧痛かな、眼精疲労かな、と安直に答えをだしてしまう。本当は違うかもしれないのに、簡単に手に入る答えを人は求めてしまう。小さな真実が正答を見失わせることもあるのだ。近すぎて見えない。見ようとしない。家族の歪みとはこれに近いのではないだろうか。

 ひとりっこの私は、母親が作中で「母親の在り方」についてポロリとこぼすシーンが目から鱗どころの騒ぎではなかった。私が長年抱えてきた親子問題が、たったその一言で氷解したのだ。なので、あえてここでは引用せずにおく。

 この物語は終始ピンク色をしている。ピンクといっても桜の花びらのように淡いものから、目に刺さるようなショッキングピンクまで様々だ。女性をピンク色に例えるのは、今の時代にそぐわないかもしれないが、女性がピンク色なのだとしたら、女の人生はさぞかし鮮やかなグラデーションになるだろう。人生を色で見られるのなら見てみたいものだ。どの時代にどう濃淡がつくのかは人それぞれだろうが、濃いピンクは大恋愛なのかはたまた仕事の成功なのか。自分は今何色になっているのだろうか。そう考えれば、まだしばらく続くこの先の人生も少し楽しみになるかもしれない。

 そう、ピンク色なんてこわくないのだ。

  

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『三人屋』
原田ひ香
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『きみはだれかのどうでもいい人』
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(2022年4月1日)

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