週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.44 成田本店みなと高台店 櫻井美怜さん


 捨てられないものがたくさんある。昔の写真。旅先で買ったポストカード。ちょっと綺麗な包装紙。段ボールひと箱分のそれらは、いつでも捨てられそうなものばかりなのに、見えない糸で繋がれているかのように、何度引っ越しを重ねても私にずるずるとついてくる。

 だが、それよりも捨てにくいのは目に見えないものだ。親子の縁を、兄弟の絆を、家族の繋がりを、鼻をかんだちり紙のようにポイと捨てられるだろうか。

「家族」とは、同じ家に帰り、寝食をともにして暮らす小さな集団のことをそう定義するらしい。まったくの他人が、ひとつ屋根の下で日々を重ねてゆくことで、家族になってゆくのだ。子供が最初から家族なのは血の繋がりではなく、はじめから「家」の中に生まれてきたからなのだと思えば腑に落ちる。

 そんな旦那別れなよ。そんな毒親捨てちゃえばいいのに。人はいつだって無責任にモノを言う。捨てられるものなら捨てている。逃げだせるものなら、とうに逃げだしているのだ。

くるまの娘

『くるまの娘』
宇佐見りん
河出書房新社

 かんこも、家族を捨てられずにいた。

 かんこの父親は、怒りの炎にいったん着火してしまうと、自分を抑えられなくなり、手も足も出る人だった。嫁でも、子供でも、殴り、蹴り、ひどい言葉を浴びせる。母親は脳梗塞をきっかけに後遺症に悩み、時には酒に逃げながらなんとか日々をやりすごしていた。

 そんなかんこたち一家は、父方の祖母の葬儀に向かうため車中泊の短い旅に出る。車は私たちの最も身近にある密室だ。どんなに楽しくても、笑い声は車の中でしか弾けず、逆に険悪さは逃げ場がないために車の底に澱のように溜まってゆく。やがて話す話題もなくなり、ただラジオの音だけが車内に流れている……。そんな幼い頃の記憶を思いだしてみてほしい。もし、家族旅行などの経験がなければ、想像してみてほしい。家族だけで何時間も車の中で過ごす閉塞感とその息苦しさを。

 どこの家庭にも日常の中でふいに訪れる小さな諍いや、不穏な空気があるだろう。人は痛みに耐え続けると痛覚が鈍る。家族だと甘えるにしても箍が外れてしまう。怒るときも、メーターが振り切れてしまう。家族というだけで、相手を傷つけても許されるような錯覚に陥ってしまうのはなぜなのだろうか。

 そんな心の痛覚を失わせてゆく家族という狂気を、宇佐見りんが「小説」という形で言語化してくれた。

 かんこが捨てたものと捨てなかったものは一体なにか。ラスト、かんこが見つけた家族の形は、きっと誰かの緩やかな希望になるだろう。

  

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八日目の蝉

『八日目の蝉』
角田光代
中公文庫

 血が繋がらない親子は巷に溢れている。けれど、再婚や養子といった理由ではなく、不倫相手の娘を誘拐した偽りの母子は、そこにあるのがまごうことなき母性だとしても、親子だと世の中に認めてもらえるのだろうか。

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『消える息子』
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