週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.47 うさぎや矢板店 山田恵理子さん
『両手にトカレフ』
ブレイディみかこ
ポプラ社
11の文学賞を受賞し話題となり、文庫化されてなお売れ続けている『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、中学に入学したブレイディみかこさんの11歳の息子さんの視点が新鮮で、人種差別・貧困・ジェンダーなどが、ともに悩み考える親子の生の声から伝わってくるノンフィクション作品だ。
そして今作ではノンフィクションというかたちでは書くことができない子ども達の存在が、著者初の小説としてこの世に紡ぎ出された。
親に頼れず弟を守らねばならない14歳の少女ミアが主人公である。この物語はミアが図書館で一冊の本と出合うところから始まる。それはカネコフミコ(金子文子)の自伝だった。
金子文子とは、無戸籍・虐待・貧困の境遇から、思想家となり国家と対決した大正期のアナキスト。近年映画で注目され、時を経て現代の私たちに訴えかけるものがある。彼女の生き様を著者は『女たちのテロル』の中でエッセイにしている。
重い現実を生きるミアはフミコに共感し、時代も国も異なる2人の少女の親に過酷なまでに振り回される日常が交互に描かれ、運命がリンクする。どちらからも目が離せず、ぐいぐい引き込まれていく。
自分のことよりも弟のことで胸を痛めるミアに母性を感じ、本来なら母を必要としている年齢なのに、せつなくなる。
ミアにリリック(詩)を書くことをすすめてくれた、クラスメイトのウィルのキャラクターがとてもいい。人の気持ちがわかる優しさにほっとする。
ミアの作ったリリックは、ガツンと突き刺さる。それはリアルな言葉だから。自分自身の言葉を語り、自分の価値は自分で決めるミア。その力強さからは勇気をもらえる。ウィルと出会ったことで新しい音楽が生まれ、ミアの世界が少しずつ変わっていく。
本も音楽も世界の鍵なのかもしれない。世界の扉を開くのは、私であり、あなたであり、みんなであるのだ。扉はひとつではない。どれだけ時代が変わっても、国が変わっても、何も変わらないなんてやりきれない。
タイトルにあるトカレフは、片手なんかじゃ到底間に合わない。両手にトカレフを持つかのごとく、ミアは自分自身を取り巻く逆境に立ち向かうのだ。
声を上げられない子ども達に手を差し伸べられる持続可能な社会であるためには? 小説から伝えられることがある。ここではない世界があると知ることで、何かが変わるかもしれない。どうか両手のトカレフが希望になるように。
ミアと一緒に現実社会を駆け抜けて、世界に届けたい愛がここにある。ミアとフミコの人生が二重螺旋のように進む先に広がる未来へと心を添わせたなら。最後まで読むとわかる表紙の色の意味に、願いを込めて。
あわせて読みたい本
『希望が死んだ夜に』
天祢 涼
文春文庫
14歳の女子中学生が同級生を殺害した容疑で逮捕された。少女は犯行は認めたけれど動機は語らない。果たして真相は……? 社会派ミステリがまるでノンフィクションのように、貧困問題、格差社会を描き出し、胸に迫る。
おすすめの小学館文庫
『人面瘡探偵』
中山七里
小学館文庫
子どもの頃の肩の傷痕が、ある日突然しゃべりだす。人面瘡のジンさんは秘密の頼れる友人なのだ。限界集落における古い因習の残る村で、資産家の遺産相続に絡む連続殺人事件の真相に、人面瘡バディが挑む異色ミステリー。