週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.31 うさぎや矢板店 山田恵理子さん

週末は書店へ行こう!

おんなの女房

『おんなの女房』
蝉谷めぐ実
KADOKAWA

歌舞伎に興味があるが、まだ一度も観たことはなく、いつか観に行くぞ!と意気込みのある私が、蝉谷作品を読んだらどうなったか?

それはまさに《江戸というアトラクションに乗せられた》胸躍る体験だったのだ。

《ときは文政、ところは江戸》この始まりの一文に、すーっと引き込まれたならば、蝉谷さんの紡ぐ小説からは、江戸がぐわんとバーチャル眼鏡をかけたように出現するのだ。見えない糸が出ていて、独特の世界観に現代にいる自分の意識が搦め取られ、登場人物の心情も飛び込んでくる。

今作では、武家の娘・志乃が主人公である。
親の命で役者の元へ嫁ぐことになった。夫の燕弥は江戸三座のひとつ森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、美しい夫との生活が始まる。

歌舞伎初心者の私はまず《とざい、とーざい》から調べた。東西声は歌舞伎や人形浄瑠璃の前に、開始の合図の掛け声で、江戸時代中期には様々な興行に用いられていたそうだ。

呼込(プロローグ)からは《ありやすが、おりやせん、さあさ、しかとお確かめぇ》などと、江戸言葉の魅力が伝わってくる。

全四章はそれぞれ《時姫・清姫・雪姫・八重垣姫》と歌舞伎の演目が描かれており、詳しい人にはもちろんのこと、新たに興味を持つ人にも扉が開かれる。

当時、歌舞伎役者の女房をランク付けした評判記があったことには驚いた。

なぜ自分が求められたのか? 志乃の葛藤と成長、女の友情、芸への情熱、心玉が何度も揺さぶられる。真の女形の女房は、ゆるぎない愛で柱のように強いのだ。一蓮托生の夫婦愛を見届けよ。

著者が江戸に魂を吹き込み、現代に甦らせる。歓声が聞こえ、色が舞い、華やぎながら、最高峰の熱量で、クライマックスに虹色の鳥肌が立つ! 気づくと、志乃と江戸に共鳴しているのだ。

 

著者は、文学賞三冠に輝いた『化け者心中』でデビュー。ミステリー、人間ドラマ、時代小説の枠を越え、江戸の歌舞伎役者たちの生き様を描いた。彼らは当時のアイドルで、ファッションリーダーであり、推しのいる人にこそ読んでほしい。シリーズ化も予定され、期待が高まる。さらなる読者層が広がることだろう。

さて、読み終えてからも江戸への興味は尽きない。鎌輪ぬ文様、高麗屋格子、斧琴菊、どんな柄か調べてみる。粋な気分に浸りながら、いざ歌舞伎の世界へ参ろうぞ!

 

あわせて読みたい本

一日江戸人

『一日江戸人』
杉浦日向子
新潮文庫

江戸をもっと知りたくなったら、この文庫一冊で、江戸通になれること間違いなし。衣食住、長屋に銭湯、趣味の世界、浅草に伊勢参り、相撲に歌舞伎、紋様まで。著者のイラストがわかりやすく、江戸気分を存分に愉しめる。

 

おすすめの小学館文庫

犬から聞いた素敵な話~涙あふれる14の物語

『犬から聞いた素敵な話』
山口花
小学館文庫

実際のエピソードに基づいた14の短編集。著者あとがきに込められた想いと、解説の森泉さんから伝えられる保護犬への愛があふれてくる。15年間我が子として暮らした愛犬を思い出しながら読んだ。人生を豊かにしてくれてありがとう。

 

(2022年2月25日)

採れたて本!【SF#01】
直島 翔『恋する検事はわきまえない』